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第73話
優作の夕食の準備を整え、一緒に食卓に座る。慎二郎は自室に籠っているため、今は二人きりだ。
優作が旨そうに料理を口に運ぶ様を眺めながら、佐奈はテーブルの下で両手を何度も擦り合わせていた。最近まともに話せていないせいもあり、緊張のせいで手に汗が滲んでいる。
「どうした?」
「あ……」
さすがに優作も佐奈の様子がおかしいことに気付いたようで、心配そうに佐奈を窺う。
佐奈は更なる緊張で、せっかく立てた質問の段取りが真っ白となってしまった。
「あ……あのさ、今日の放課後、裏庭で優作見かけたんだよね」
何か言わなければと焦ったせいで、佐奈はいきなり本題に入ってしまった。ちょっとした談笑を済ませ、流れで訊くという計画が台無しである。
「裏庭? あー裏庭! だったら何で声かけなかったんだよ」
優作は箸を置き、さも不満そうに言う。
演技をしているようには見えない。咄嗟の返しとしては自然だ。
佐奈はここで少し余裕が持てるようになった。話の内容云々、久しぶりにゆっくり話せることが嬉しいこともあった。
「先生に頼まれた事があって、体育館までの非常通路通ったから、声なんて掛けられないよ」
「へぇ、あの非常通路通らせてくれたのか」
優作は意外そうに言う。
「それで、ちょうど噂を聞いたところだったんだけど、優作モデルしてるんだろ?」
「おい、噂になってんのかよ。って、まさか見たのか……?」
優作は突然困ったような顔をする。
見られて困るというのは、やはりキスのことか。佐奈の胸に痛みが走った。
「見たって……?」
そう訊ねる佐奈の声が少し震えた。
「見たって、そりゃ……俺の恥ずかしいモデル姿だよ」
「へ……?」
優作は金の髪をぐしゃぐしゃに掻き、照れている。佐奈は佐奈で思っていた答えではなかったため、間の抜けた声が出てしまった。
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