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第74話

「うん……でも見たのは優作がベンチで座ってただけというか、もしかして寝てた?」 「いや……だってさ、モデルといったらずっと同じ姿勢だろ? かなり厳しくてさ。しかも今日は暖かかったから、つい寝てしまったというか……。じっとしてたんだから、描く奴も文句はないだろ」  佐奈に窘められていると勘違いしているのか、優作が返す内容は言い訳がましい。が、言動に後ろめたさが感じられない。  そのため佐奈の心は安堵で満たされつつあった。あのキスは、優作は気付いていないということが分かったからだ。 「うん、今日は暖かかったもんね。それにしても優作がモデル引き受けるなんて、どうしたの? 美術部に何か弱味でも握られた?」  佐奈は冗談っぽく訊ねる。すると優作はうんざりといった風にため息を吐いた。 「美術部じゃなくて、三國だよ」 「なんで先生? 確かにあの時、三國先生しかいなかったけど……」 「俺だってしたくねぇよ。でも、この間熱出した時あっただろ? その時の恩を返せとか言ってきたんだよ」  優作は最後の肉じゃがのじゃがいもを口の中に放り込んで、心底嫌そうに言う。 「恩?」 「あぁ。家まで送っただとか、リンゴを剥いてやっただとかで、礼を言うならモデルをしてくれってさ」  何だそれは。佐奈は思わずそう口に出しそうになった。  優作にモデルをさせるなら、それくらいの理由がいるのは分かるが、その手段が気に食わなかった。 「そうだったんだ……」 「あぁ。絵は趣味程度に描くらしいんだけど、描くのが遅くて正直参ってる」 「だったら止めたらいいのに」  それは本音がポロリと溢れた瞬間だった。

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