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第76話

 それほどに佐奈にとっては、三國という男が認められなかったのだ。 「とりあえずマジでやめるわ。バイトで遅い日もあるのに、それ以外の日まで、こうやって飯の用意も遅くなるのは悪いし、一気に片付かねぇもんな。ごめん」 「それは……。でもほんとにいいのか?」  そう望んでいるくせに、あたかも優作の意思を尊重している真似。  いい子でいたい。そんな自分に佐奈は辟易としたが、今は仕方ないと自分を擁護した。 「ああ、俺は単に気晴らしをしたかっただけ。その時にちょうど三國が声を掛けてきただけだしさ」 「気晴らし……?」  佐奈の問いに、優作は不意に表情を硬くした。 「佐奈」 「な、なに?」  空気が少し張り詰める中、お互いの視線が絡み合う。外したいのに紺碧の目から逃れられない。 「この間言ってた、好きな奴のこと」 「好き……な奴?」  これは優作が熱を出した翌日、佐奈が怒鳴った時の話だろう。おそらくあの日の夕方、優作が佐奈に問おうとしていたことはこの事だった。それをいま、再び持ち出してきた優作の真意とは一体何なのか。佐奈には全く見当もつかないことだった。 「まだそいつのことで悩んでるのか?」 「え?」 「佐奈がずっと元気なかったのは、そいつのことで悩んでたからだろ?」  相談に乗ろうとしてくれているのか、そうでないのかが分からない程に、すっかり優作の顔は不満そうに眉間にシワが寄ってしまっている。 「ちょ、ちょっと待って! オレ好きな人で悩んでるなんて言った?」 「でも、否定しなかった」 「あれは……売り言葉に買い言葉じゃないけど、あの時はちょっと頭にきたからそう言っただけで……」 「じゃあ好きな奴はいないのか?」  優作は佐奈から視線を外さす椅子から腰を上げると、佐奈の傍に立ち見下ろしてきた。

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