77 / 141
第77話
「それは……というかそんなの知ってどうするんだよ」
まさか目の前にいる優作ですとは言えない。
佐奈の複雑な心境など知りもしない男は、未だに眉間のシワは深い。
「お前に好きな奴が出来たら困るからだ」
「……」
佐奈は瞬時に意味を飲み込めず、優作を見上げたまま首を傾げた。
なぜ優作が困るのだと。
「そんな顔を他でも見せてるのか?」
「え? ゆ、優作?」
優作の手が佐奈の顔へと伸びてき、そして頬を包む。
手は優しいのに、優作から立ち上る〝気〟が、知らない男を感じさせ、佐奈は戸惑った。
「ど、どうしたんだよ優作。なんか怖い……」
「悪い……佐奈。でも、もう俺は──」
「はーい、ユウそこまで」
リビングの扉から突然と慎二郎が入ってくる。優作はジロリと鋭い一瞥を慎二郎に向けたが、直ぐに気持ちを鎮めるかのように、大きく息を吐き出している。
だが佐奈は一人、優作の言葉を途中で遮られたことに不満を隠せなくなる。
「慎二郎? 今は優作と話してるんだけど」
そのせいで佐奈の口調も少し尖ったものになった。それに慎二郎はすまなさそうに苦笑を浮かべる。
「ごめんな佐奈。でもさ、まだオレの気持ちが整理つかなくてさ」
「慎二郎の気持ちって? それと今の事とどう関係あるんだよ」
佐奈は慎二郎と優作の顔を交互に見る。二人の間の空気はピリピリと張り詰めている。
「オレだけ蚊帳の外なのか?」
「言えるものなら言いたいよ。もうそれぞれが限界みたいだし」
慎二郎は亜麻色の髪を、くしゃくしゃに掻き乱す。三人の中で一番辛そうに顔を歪める慎二郎を見て、佐奈は口を閉じた。
とても声を掛けられるような空気ではなかったからだ。
ともだちにシェアしよう!