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第77話

「それは……というかそんなの知ってどうするんだよ」  まさか目の前にいる優作ですとは言えない。  佐奈の複雑な心境など知りもしない男は、未だに眉間のシワは深い。 「お前に好きな奴が出来たら困るからだ」 「……」  佐奈は瞬時に意味を飲み込めず、優作を見上げたまま首を傾げた。  なぜ優作が困るのだと。 「そんな顔を他でも見せてるのか?」 「え? ゆ、優作?」  優作の手が佐奈の顔へと伸びてき、そして頬を包む。  手は優しいのに、優作から立ち上る〝気〟が、知らない男を感じさせ、佐奈は戸惑った。 「ど、どうしたんだよ優作。なんか怖い……」 「悪い……佐奈。でも、もう俺は──」 「はーい、ユウそこまで」  リビングの扉から突然と慎二郎が入ってくる。優作はジロリと鋭い一瞥を慎二郎に向けたが、直ぐに気持ちを鎮めるかのように、大きく息を吐き出している。  だが佐奈は一人、優作の言葉を途中で遮られたことに不満を隠せなくなる。 「慎二郎? 今は優作と話してるんだけど」  そのせいで佐奈の口調も少し尖ったものになった。それに慎二郎はすまなさそうに苦笑を浮かべる。 「ごめんな佐奈。でもさ、まだオレの気持ちが整理つかなくてさ」 「慎二郎の気持ちって? それと今の事とどう関係あるんだよ」  佐奈は慎二郎と優作の顔を交互に見る。二人の間の空気はピリピリと張り詰めている。 「オレだけ蚊帳の外なのか?」 「言えるものなら言いたいよ。もうそれぞれが限界みたいだし」  慎二郎は亜麻色の髪を、くしゃくしゃに掻き乱す。三人の中で一番辛そうに顔を歪める慎二郎を見て、佐奈は口を閉じた。  とても声を掛けられるような空気ではなかったからだ。

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