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第3話

思い起こせば、数日前。  アダルトビデオの監督という職業のタケシが、これまたアダルトビデオ製作会社の社長と、これまたアダルトビデオショップの店長と飲み会を開くから、オマエも来いと言ったことに何か疑問を感じるべきであった。  俺以外の三人はアダルトビデオというものを介してつながっているというのに、俺はただタケシと付き合っているということでしか関係がない。俺以外の三人が裏でつながっていないわけはないのだ。  美味しいものを食べ、いいだけ飲まされ、そのうえボーリングに連れて行かれることまでは良かった。悪かったのはそのあと。  俺だけが飲みすぎでふらつく足だというのに、なぜか「1位のヤツの命令を4位のヤツが聞く」という賭けにのせられ、当然のごとく最下位になった俺は今、罰ゲームとでもいうべき屈辱的な行為を強いられていた。  1位のヤツ(もちろん、タケシだ)の命令は「女子高校生の制服を着て電車に乗り、事務所まで来い」というもの。  そのタケシの要望通り、俺の今の格好は、チェックのスカートに白いシャツ、紺色のカーディガンに茶色のウェーブがかったウィッグというものだった。  元が女顔で、面白がったタケシにうっすらと化粧を施されたからと言って、大学四年生の男である俺が、女子高校生の格好をしたとしても限界というものはあるはずだ、いや、ある。  それなのに変態タケシは、 「やっぱ、美咲は何を着ても似合うな。今すぐこの場で襲ってやりてー」 などと、聞き捨てならない言葉を吐いたばかりか、 「変態なおっさんに手ぇ出されるなよ。見た目は女子高生でも、美咲は一応男の子なんだから」 などと余計なひと言を言い放ち、玄関を出ていったのである。  今日、このときほど、変態彼氏と付き合ってしまったことに後悔の念を抱いたことはない。  タケシのいなくなった部屋の真ん中で、俺が消え去ったタケシの背中に向かった発した言葉は、もちろんこれだ。 「ありえなーい!」  ガタンガタンッと電車に揺られ、タケシの事務所へと向かう。  もちろん、女子高校生の制服を身にまとった状態で、だ。  言葉を発せず、その辺の高校生のようにけだるさをアピールすれば、ちょっとゴツくてでかい女子高校生に見えるかもしれないと、ひたすら顔をウィッグで隠し目的の駅に到着するのを待つ。  周囲の乗客の視線が俺に注がれているような気がするのは、ただの気のせいだ。  もうあとは気にせずタケシのもとへ向かうのみと、ようやく辿り着いた駅の改札を抜けたところで、誰かに肩をつかまれた。 「かーのじょ。君、かわいいね。今からどこに行くの? 俺らとイイことしない?」  振り返るとそこには学ランをこれでもかというほどに着崩した男が数人。  声を発すれば男だとバレてしまうため、俺は無言でその手を振りほどいてその場をやり過ごそうとする。だが、それで引き下がる奴らではなかったらしい。足早に逃げようとした俺の手をそのうちの一人がつかんだ。 「……ッ」 「おい、無視すんなよ。ちょっと可愛いからってお高くとまってんじゃねーよ」  そんなセリフ、今どき言う男もいたのかと妙な関心をしたのもつかの間、俺の手をつかんでいた男がぐっと俺を引き寄せるとその胸の中に俺を引き入れると逃げられないようにはがいじめにする。  あまりに強い力に手足を動かすものの、そう簡単には男の手はゆるまってはくれない。 「ヤメロッ……」 「あれー、可愛い顔してるのに意外とハスキーボイスなんだ。そこもまたそそられっけど」  思わず発してしまった声にぎゅっと唇をかみしめる。  俺を取り囲む男たちは俺の様子に、下世話な笑みを浮かべていた。 「おい、これってどこの制服?」 「しらねー。どうせ、あの辺じゃねーの、高台にある女子高」 「あそこはリボンじゃなくてネクタイだろ」  俺を抱きしめたまま会話をし始める男どもに、俺は本気で泣きそうだった。  タケシの事務所まではあと少しだというのにこんなガキどもに捕まって、あげく男だとバレ、変態のレッテルを張られるんだ。なんで俺がこんな目に逢わなければいけないんだ。元はと言えば、全部タケシが悪いというのに。 「タケシのばかやろー」 「ん? 呼んだか?」  男の腕の中で思い切りタケシの悪口を叫ぶと、そこに降ってきた声の持ち主は俺をこんな目にあわせた張本人だった。 「タ……タケシ?」 「美咲、何やってんだ。オマエがなかなか来ないからわざわざ俺が直々に迎えに来てやったっていうのに、何でこんな奴らと遊んでんだよ」 「おっさん、なんだぁ?」 「おっさんじゃない。美咲、行くぞ」  いきなり現れたタケシはそういうと、男の腕に納まったままの俺の手を取りその場を去ろうとする。  だが、当然この馬鹿なガキどももそうやすやすとその腕を離すわけもなく、俺はその場から動くことはできなかった。 「悪いけど、美咲を離してくれないか。ほら、発売前の俺の新作やるから」  タケシはそういうとガキどもの前にDVDを数枚放り投げた。  突然降ってきたアダルトビデオにびっくりした所をタケシにひっぱられ、ようやくその場から解放される。俺を拘束していたガキどもはタケシのDVDに夢中らしく俺の方は見向きもしなかった。 「ったく、言っただろ。変態なおっさんには気をつけろって」 「アイツらおっさんじゃねーぞ」 「変態高校生か。どっちも一緒だ。俺が来なきゃどうなってたことか」  タケシはぶつぶつと説教をたれながら俺の手を握り、歩いて行く。  元はと言えばオマエがこんな格好させるから悪いんだろ、と悪態をつきたかったが、俺の口からはそんな言葉ではなくあふれ出たのはただの嗚咽だった。 「っ……ひっく……」 「美咲?」 「タ……タケシ……、俺……、っく、……マジ怖かった……っ」  あふれ出てくる涙を隠すこともせずにタケシにすがりつく。 「タ、タケ……ひくっ……タケシが来て、……ほんと……良かった」  突然泣き出した俺をタケシは覗き込むように見つめると、優しく子供をあやすように頭をなでた。  そこにあるのはいつもの変態タケシではなく、優しい俺の恋人の、タケシ。  泣きじゃくる俺を公衆の面前だというのにぎゅっと抱きしめると、思い切り俺をその胸の中で泣かせた。 「美咲、もう大丈夫だ。俺がついてる。俺がいればもう怖くないだろ?」 「うっ……うっ……うん……っく、うん……」 「大丈夫だから。もう、怖いことは何もないからな」  タケシはひたすら俺の頭をなでながら、俺が泣きやむまでずっと抱きしめてくれていた。  今日ばかりはほんの少しだけ、変態なタケシを許そうかと思う。

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