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第4話
俺の彼氏は変態だ。どうしようもないくらい。
けれども、この世の中もしかしたら変態と呼べる性癖の持ち主は予想もしないくらいいるのかもしれない。
そう、それは今俺の目の前にいるこの男、水上シュウジ(♂、24歳)にもきっと当てはまるんだろう。
「まじ、サンキューな、美咲。この埋め合わせは絶対いつかやるから」
こんなに爽やかな笑顔を浮かべていたんだとしても。
じゃなきゃ、シュウジが就職浪人をしてまで入ったテレビ局のアシスタントディレクターをして任されたコーナーがお天気コーナーで、たまたま初仕事の今日、たまたま新人のお天気キャスターが放送の直前30分前に貧血で倒れ、そこにたまたま大学の後輩である俺がそこに通りかかったからといって、男の俺にオンナの格好をしてお天気キャスターをやってくれなどと頼めるわけがない。
そこそこ美人の女なんてその辺さがせばいくらでもいるはずで、明日のお天気の書かれたカンペをにこにこ笑いながら読みたい女など山のようにいるはずだ。
それなのに、なんで俺なんだ。
百歩譲って知り合いが良いというシュウジの意見を尊重したとしても、なぜわざわざ俺に女装をさせる必要がある。そして、なぜそのシュウジの馬鹿な意見に誰も突っ込まない。
それはもう、答えは一つしかないんだろう。
世の中には変態が多い。
そうに違いない。
「こんばんは。本日、お天気キャスターの風間さんに代わってキャスターを務めさせていただきます吾妻美咲です……」
本番ですとの掛け声とともに始まる撮影。
俺はギャラリーの多い中、時折渡された原稿に目を落としながらも、にっこりとほほ笑みながらカメラに向かって淡々と話していく。
こんなにハスキーボイスな女もいないと思うのだが、最近身を持って知ったことは、この世の中、顔が少し女顔で、少し髪の長めのウィッグをつけスカートをはいていれば嫌でも女に見えるということだ。
そして、よっぽど野太い声をしていないかぎりは、男だと疑われることもない。
シュウジはそれを知ってか知らずか、俺に用意した衣装は、腰まで届きそうなストレートのウィッグと、五分袖のチェックの切り返しが入ったワンピースだった。
そして、どこから用意したのか、足のサイズが26センチの俺にもはけるロングブーツまで身にまとうと、男受けも女受けもするお天気キャスターの出来上がりだ。寒空の下、この長い三分間が終わるのを今か今かと待ち望んでいた。
「明日は全国的に晴れるでしょう。では、また明日」
お決まりのセリフをカメラ目線で言うと、ようやく長かった三分間が終わった。
「おつかれ」
テレビが切り替わったのか、まっ先にやってきたシュウジは俺にダウンコートを着せる。
「ほんと、助かった。美咲、ありがとな」
「この貸しは高いっすよ」
「わかってるって。また、連絡するよ」
* * *
『明日は全国的に晴れるでしょう』
メイクも衣装もすべてを脱ぎ棄て、ようやくタケシの住むマンションへ帰ったのは、お天気コーナーが放送されてから二時間後のことだった。
「ただいま」
『明日は全国的に晴れるでしょう』
何度も機械的に繰り返される、聞き覚えのある声に、疑問を抱きながらタケシがいるであろうリビングに姿をあらわすと、そこには少しだけラフな格好をしたタケシが、これでもかというほどの大画面のテレビを見ていた。
「何見てんの?」
『明日は全国的に晴れるでしょう』
「美咲……。なんで、こういう大事なことを俺に言わないんだよ。おかげで、最後の30秒しか録画できなかっただろ」
「は? お、お、お、オマエ、何録画してんだよ!」
「俺の可愛い美咲が全国放送されたんだぜ? 録画するに決まってんだろうが」
そう、タケシが真剣に見入っていたのは、先ほどの俺が映ったお天気コーナー。
大画面に俺が大きく映し出され、『明日は全国的に晴れるでしょう』と何度も繰り返しで言わされている。
「恥ずかしいからやめろよ! こんなこと!」
「この衣装もどうした? なかなか見事にお天気お姉さんになりきってるぞ」
俺はタケシが持つリモコンを奪い取ると、電源を消した。
タケシにだけは知られたくなかったからわざわざ連絡をしなかったというのに、何でこの男はこんなところまでチェックしているんだ。
「で? 明日もやるのか? お天気お姉さん」
「やるわけねーだろ。これは大学の先輩に無理矢理頼み込まれて仕方なく出ただけで、こんなこと好き好んでやるわけねーだろ」
「なんだ、残念。出るんだったら、今度は俺がきちんとコーディネートしてやろうと思ったのにな」
「このド変態が!」
「……そこで、その言葉か?」
「うるせー」
もう二度とお天気キャスターはやらないと宣言したにもかかわらず、シュウジから電話がかかってきたのは翌日のこと。
あれは誰ですかという電話がテレビ局に殺到し反響が予想以上に多かったらしく、今度はレギュラーでお天気キャスターをやってくれと、電話口で頼まれた。
もちろん、たった一言。
「無理!」
と断ったのは、言うまでもない。
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