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第8話
「あ、美咲。ほんと悪かったな、また呼び出して」
みんなは覚えているだろうか。目の前で俺にさわやかな笑顔を振りまくこの男、水上シュウジ(♂、24歳)を。
テレビ局のアシスタントディレクターなんてものを職業にしている正統派のさわやかイケメンのくせに、男の俺をお天気お姉さんに仕立て上げた隠れ変態だ。
「ほんとですよ……。前の借りも返してもらってないっていうのに……」
「わかってるよ、焼き肉ただ券。これでどうだ?」
「ただ券……三万円分……。これで前回の分も水に流します!」
わーいとシュウジに抱きつこうとすると、がしっと腰をつかまれて阻まれる。誰だよと後ろを振り向けばそう、そこには俺の変態な彼氏であるタケシ(♂、27歳)がいた。
いつもはジーパンにTシャツといったラフな格好をしていることが多いのに、今日のタケシは白いシャツに黒のジャケットを合わせていて、どこのモデルさんですかと問いたくなるほどに格好いい。そんなことは絶対に口に出しては言ってやらないけれども。
「あなたが美咲の彼氏のタケシさんですか。今日はよろしくおねがいしますね」
シュウジはタケシの真意など知らずににこやかに挨拶をすると、じゃあ本番になったら呼びにくるからと去って行った。
そう、俺はまたシュウジの担当する番組のサクラとしてこのヒポポタマス公園に呼ばれた。
公園で遊ぶカップルに街頭インタビューをしてそのラブラブっぷりを判定するという何がしたいんだかよくわからないコーナーは、どうもそれなりに人気があるらしい。しかし、最近のカップルは冷めているのか何なのか、視聴者の望むような回答をしないために急きょサクラを用意することになったようだ。
そして白羽の矢が立ったのは一度だけお天気お姉さんを演じた俺、吾妻美咲であり、その彼氏タケシだった。
「美咲、アイツ誰だ?」
「アイツ? あぁ、シュウジ先輩。大学の先輩」
「あのさわやかぶった笑顔が気にいらねぇな。……それはそうと、今日の格好はなかなか似合っているじゃないか」
そういうと、タケシは俺の太ももに触れた。
「このド変態が! 触るな!」
「触ってほしいからこんなに脚を出してるんだろ? それに、今日の撮影はラブラブカップルなんだから、イチャイチャするのが仕事じゃないか」
ここまでくればもうおわかりだろう。
俺の今日の格好は、大きなリボンのついたカーキ色のショートパンツに、白い半そでジャケットという見るからに女の子の格好をしていた。うっすらとメイクをほどこされ、軽くウェーブのかかった茶色のウィッグをつければ少し背の高い女にしか見えない。
ひらひらのスカートをはくのも恥ずかしいが、これでもかというほど脚線美を強調したショートパンツをいうのも恥ずかしい。女の子って大変だなぁとタケシから離れようとするとシュウジから声がかかった。
とりあえず、タケシとラブラブカップルを演じていれば良いらしい。
ラブラブってどういうことを言うんだろうと悩んでいると、タケシが俺の手を握った。
「何やってんだよ」
「カップルは手をつないで歩くもんだろ」
そういうものか。
タケシの方がこういうことは慣れているはずだから任せようと思っていると、何食わぬ顔をしてシュウジがいる撮影クルーが近づいてきた。
レポーターらしい女がにこにこしながら話しかける。美男美女カップルですね、などど言ったことは仕方なく水にながした。
「じゃあ、さっそくラブラブなお二人に質問です。お休みの日はいつも何していらっしゃいますか」
「休み……タケシとコスプレごっこ……ッ。いや、買い物とか!」
「美咲観察」
「喧嘩をしたことはありますか?」
「毎日」
「喧嘩という名の愛の確認だな」
「喧嘩の仲直りの方法は?」
「俺が折れてやる」
「そりゃあもちろん、ベッドで……」
「タケシ!!」
女性レポーターもタケシの変態な回答にひくのかと思いきや、ノリノリになって突っ込んだ質問をしてくる。これって爽やかな番組のコーナーじゃなかったっけ。
シュウジの方をちらりと見やれば、うんうんと頷いているのがわかった。
「今までで一番、辛かったことは?」
「タケシが変態なこと。そばにいると変態が感染る気がする」
「そうだな、一週間おあずけを食らったことかな」
「言われてみたい言葉は」
「もうノーマルになる」
「上目づかいでお願い入れてって言われてみたいな、美咲」
なんだこの応酬はと作り笑いも難しくなってきたころ、ようやく「これが最後です」との声が聞こえた。
本当にこんなんでよかったのかと思っていると、思いもよらない言葉が耳に入ってきた。
「では、最後に。お二人で永遠の愛をたしかめあってください」
頭が真っ白になる。
そんなことは聞いていない。だがここでタケシをいつものようにふっ飛ばせば焼肉ただ券3万円分が水の泡になる。演技だ演技だと心の中で呟いていると、タケシの指先が俺の頬に触れた。
「美咲」
「な、なんだよ」
真剣なタケシの表情に戸惑う。恥ずかしくて視線をそらしたいのに、タケシの眼光の強さに心が奪われそれもかなわない。じっと、タケシの瞳の奥を見つめると、タケシの唇が小さく動いた。
「美咲、愛してる。結婚しよう」
「え――――」
返事もしていないのに、タケシの唇が俺の唇に触れた。深く入ってくる舌に、周りで歓声がわきあがる。拍手まで聞こえるのは気のせいだろうか。
恥ずかしいとか、テレビで全国のお茶の間にこのキスの映像が流れているとか、そんなことを気にしたのは最初だけだった。
タケシに抱きしめられ、キスをしながら俺は先ほどのタケシのプロポーズの言葉を思い出す。
男同士なんだから結婚だとかそんなことは無理だっていうことくらいわかってる。世間の反応がゲイのカップルにはどれだけ厳しいものなのかも、親にだって顔向けできないことも。
だけど、俺は純粋にタケシの言葉が嬉しかった。キスの間、涙があふれてしまうくらい嬉しかった。
今なら素直になれる気がする。俺もタケシが大好きだって。
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