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5-しばしば[気づき]1
夏休みは、親戚や親の知人などに様々な短期アルバイトを頼まれ、忙しく過ごした。
その日に行う仕事ごとに覚えることも多く、余計なことを考えている暇などない。
………はずだった。
なのに、夏休みの間一度も会っていない有家川の事を、少なくとも一日に一度は必ず考えてしまっていた。
プールの一件以来『現実の有家川』への欲情をはっきりと認識し、男に欲情する事への罪悪感もすっかり薄れてしまった。
それでも、俺が有家川に感じているのは『萌え』だ。そう自分に言い聞かせ、プールで感じた嫉妬や独占欲、そしてそれらをもたらす根元にある感情には気付かないフリをし続けた。
公害と言って差し支えないくらい騒がしい蛙の鳴き声が、蝉の声に代わり、コオロギや鈴虫などの音 に代わった。
そして、二学期が始まり、また教室で有家川の笑い声が俺の耳に届くようになった。
俺は自分の感情に気付かぬフリを続ける。
なのに……。
ふと気付けば、やはり有家川を目で追っていた。
そのことを自覚してすぐに、自制しようとした。
けど、俺は気付いた。
有家川も俺を見ている。
俺が朗読をしていない時にもだ。
俺の視線に気付いて有家川がこちらを見ることもある。
けど、俺がふと顔をあげた瞬間、有家川と視線が絡むことの方が多い。
そんな態度をとられると、俺の『萌え』が止まらなくなりそうだ。
有家川はあまり語彙が豊富じゃない。
友人と話すときも、言いたいことを上手く伝えられずにジェスチャーに走ったり、話途中であきらめ『ああ、もう、わかるだろ?』などと言って、察してもらおうとする事が多い。
つまり、俺ヘの目線も、何かを察して欲しいからなんじゃないか……と思った。
そして、俺のわかる範囲内で、有家川が俺を見る理由なんて一つしかない。
窓際の席の有家川は机にだらしなく肘をついて牟田の話に相づちをうっている。
でも、俺の頭の中では可愛らしく肘をついて、手の甲にあごを乗せ、小首をかしげてこちらを見つめていた。
明るい髪が光に透けて、蜜色に輝く。
そして、少年キャラをやるときの可愛い声で
『桐田、わかってるか?オレがSAYAなんだぞっ?』
頬を染め、パチパチとまばたきをする。
……可愛い。
そして、やっぱりいくら考えても、有家川が俺を見る理由なんてこのくらいしか思いつかない。
でも、もし『有家川がSAYAなんだよな?』なんて言って、実は俺を見ている理由が違った場合、その後ひどく避けられてしまうかもしれない。
有家川はああいった趣味をオープンにしたがる方じゃないというのは、見ていればすぐにわかった。
今だって有家川とはほとんど関わりがないのに、さらに避けられるなんて絶対に嫌だ。
有家川の視線が俺に絡み始めて一週間くらい経った頃、有家川の口調に『SAYA』っぽさが混じってきているのに気付いた。
ふとした瞬間にすごく声が可愛くなる。
なのに、その言葉が牟田や沢木にむいているということがくやしい。
俺も話しかけたいと思ったりもしたけど、実際話したのは、九月、十月の二ヶ月間でプリント回収のときに一言。
「まだ、出してないよな」
「あー。コレな」
たった、これだけだ。
話したい。
有家川と……。
SAYAと……。
◇
自室でソファに転がり、有家川のやったボイスアプリを聞いていた。
するといつの間にか、頭の中でSAYAとの会話妄想を展開してしまっていた。
「俺、サヤの……サヤちゃんの声大好きなんだ」
『ほんと?』
「うん……。すごくすごく好きなんだ」
『嬉しいな!』
妄想にはアプリのノリが強く反映されている。
「俺もサヤちゃんと、牟田や沢木みたいに話したい」
『桐田はカズやフー太とかとはちがうぞ?二人だけの秘密があるから……な?』
妄想の中では俺だけ特別だと言ってくれる。
当たり前だ。
自分で作り出した妄想の『SAYA』との、俺にとって都合のいいやり取りなんだから。
それでも、やっぱり……。
「はぁ……サヤちゃん。かわいい……」
………。
気付けばイメージがプールに変わっていた。
引き締まった身体に、水面から反射した光がゆらゆらと写っている。
「サヤちゃんは…すごくキレイな身体してるよな……」
『桐田は、声だけじゃなく、オレの身体も好き?』
「っっ……」
自分の想像の中の有家川のセリフに動揺する。
答えは……。
「好き……。好きだ。どう見たって男で……男らしくて。なのに可愛い。女子の水着姿よりドキドキした。……いや、サヤちゃんにしかドキドキしなかった」
とっくにわかっていたのに、自覚しないよう努めていたことを、とうとう認めてしまった。
『オレの乳首とか、お尻とか、イヤらしい目で見てたもんな』
有家川の声を借りた、俺自身の思考にだめ押しをされる。
「うん……。見てた。俺も牟田みたいにサヤちゃんにふれたかった」
『いいよ?桐田もさわって?カズみたいに……さわって』
「………」
無理矢理意識の外にやっていた、牟田とのことまで蘇ってしまった。
勝手な想像なんだから……牟田なんか忘れて俺だけを見てほしいのに。
『桐田、さわって?オレの身体……さわりたいんだろ?胸もいいよ。いっぱい可愛がって?』
「はあ……サヤちゃん。俺だけのものになってくれたらいいのに」
『今は、桐田のものだぞ?好きにしていいから。今は桐田だけのものだから』
「………『今は』……か」
ダメだ……。
妄想の中ですら、有家川を完全に俺だけのものにできない……。
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