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5-しばしば[気づき]2
◇
有家川が、目で俺を誘う。
この前はじーっと俺を見つめ、見つめてしまっていたことにハッと気付いて目をそらした。
しかも、羞恥に頬を赤くするというオマケ付きだ。
そして、その次に目が合ったときには軽く睨まれた。
どういうつもりなのか。
牟田なら俺に気のあるフリをしてからかうなんていうタチの悪い遊びくらい思いつきそうだ。
けど、有家川は自分からそんな悪ふざけを仕掛けるタイプとは思えない。
睨んだあと少し恥ずかしそうな顔をしたり、恥ずかしそうな顔をしたと思ったら睨んだり。
やっぱり、なにか察して欲しいと訴えかけてるんだろうか。
……もしかして、ずっと察して欲しいとサインを出しているのに、俺がなかなか反応を示さないから睨まれてるんだろうか。
自分に都合のいい解釈をしないよう心がけてはいるが、サヤちゃんの……いや、有家川の俺への態度はやっぱり他のクラスメイトに対するものとはあきらかに違う。
授業中、ちらりと有家川を見る。
俺は廊下側で、有家川は窓際。
逆光で明るい髪の毛が透けて蜜色に輝いている。
秋の過ごしやすい気候に、暖かな日差し。
うとうとと眠そうだ。
……可愛い。
俺が朗読をすれば、眠そうな目をそのままにぼんやりとこちらを見る。
きつい顔が緩んでいて非常に可愛らしい。
今日はちょっと口が開いていて、特に色っぽく見える。
俺が視線をやると、いつもよりゆっくり視線が絡んで、それからすこしニヘっと笑ったように見えた。
夢見心地で頭がまわっていないんだろう。
そばに行って、頭をなでて寝かしつけてあげたい。
天使だ……。
かわいい……。
しばらくうとうととしていたが、有家川も朗読を指名された。
まわりに読み上げ場所を教えてもらって数行を読み進める。
けど、つまった。
「んー」
小さく疑問に声をもらして、口をひらいた。
「あえいで てんに はじず……」
読み違えにクスクス笑いが起こる。
その反応に有家川がパッと顔をあげて、ちょっと眉を寄せた恥ずかしそうな表情のまま俺を見た。
羞恥に染まる頬に、すがるような目。
………なんだ…今の顔は。
有家川は牟田などに笑われながら、続きを読み終えた。
けれど俺はさっきの有家川の顔が頭から離れない。
なんで……俺にあんなすがるような目を向けたんだ。
心臓をわしづかみにされた。
はかなくて、守ってあげたくなる。
そして、間違いの内容が……。
………はぁ…サヤちゃんらしすぎる。
………『あえいで てんに はじず……』
喘いで……。
喘ごう、喘ぎます、喘いだ、喘ぐとき、喘げば、喘げ。
活用形で言えば『喘ぎます』と『喘ぐとき』が非常に気になる……。
………。
胸がざわつきすぎて、わけの分からないことを考え始めてしまった。
期待とそれを否定する気持ちがせめぎあい、一時的に無意味なことを考えて、心のバランスを取ろうとしたんだ。
けれど、俺の心の天秤は、有家川の恥じらう顔に押され、がたんと大きく傾いた。
ずっと有家川の視線を気のせいだと思おうとしていたけど、もう無理だった。
あんな言い間違いをして、さらにあんな顔で俺を見たんだ。
――サヤちゃんは、俺からの接触を待っている。
そうとしか思えない。
SAYAは乙女ゲームやBLゲームなどを演 ることが多い。
ということは、そういう世界観が好きなんだろう。
それらの主人公は大体アクティブに動くわりに、しばしば『強引に迫られて……』という態 をとりたがる。
有家川は俺から見れば、無秩序で大胆だ。
その有家川の上をいく大胆さと強引さをみせなければ、俺にフラグ回収はできないのかもしれない。
そして、まるでゲームのようにいくつかのイベントフラグを回収して、ようやく俺は『SAYAの顔をした有家川』と話すことができるということなのか。
すでに何度も有家川が用意した接触のきっかけをフイにしている気もする。
可愛さに萌えてるだけじゃダメだ。
チャンスをつかまえにいかないと。
そう決心したが、結局俺はそれから一週間以上、接触のきっかけをものにすることができなかった。
そして、ただただ『サヤちゃんと話したい』という気持ちを煮詰めていくばかりだった。
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