59 / 78

6-ついに[衝撃]2

◇ 休み時間、珍しく有家川の周りに人がいない。 俺は自分の席にだらしなく座る有家川に背後から近づいた。 とりあえず、 「何してるんだ?」 なんて適当に話しかけて会話のきっかけを探るつもりだった。 一瞬目が合った。 有家川はさっと目をそらして、置いてあったスマホを手に取る。 そして、俺が後ろに立っているのに気付いているにもかかわらず、スマホを操作しパスワードを入れてロック解除をした。 俺は混乱した。 でも……。 これは、俺に見せてる………んだよな? エロボイスを流したのに続き、有家川からの明確過ぎるサイン。 俺が不甲斐無いせいで、ここまでさせてしまったことを少し申し訳なく思いながらも、しっかり乗っからせてもらう事にした。 体育の授業中、ひとり抜けだして教室にもどる。 有家川の席は窓際だ。 誰もいない教室にグラウンドの声が響いてくる。 体育の授業の直前にも、有家川と目が合った。 すっと目をそらしながら、彼は机の上のバッグにスマホを投げ込んだ。 そのバッグは開いた状態のまま、今も机の上にある。 むき出しのスマホを手に取るのに躊躇はなかった。 きっとこの中に、次へ繋がる何かがある。 ………まさか……。 まだ、あんな音声を入れて……。 いや、さすがにそれはない……よな。 でも……。 有家川はまだ自分が『SAYA』だとは認めてない。 けど、あの声は明確な証拠だ。 証拠にたどり着け……ってことか? とはいえ、危険過ぎる。 牟田なんかがふざけて勝手に再生してしまいそうだ。 それとも……牟田もとっくに知って……? いや、アイツの事は考えるな。 とにかく、今は『サヤちゃん』へたどり着くこと。 とりあえず携帯番号とメアドを自分のスマホに送る。 そしてドキドキしながら音声関係のアプリを探した。 見つけた。 録音アプリに日付だけのデータ名。 多分これだ。 本当に推測通りのモノだった場合に備えて、一緒にあったイヤホンを耳に入れる。 震える手で再生ボタンを押した。 『あぁ…ん…ん……はぁっはっ………』 控えめな、だけど生なましい声。 目の前が真っ赤になった。 この前の、短い再生時間じゃわからなかった。 けど、これは……? うっっ……。 有家川の……いや、サヤちゃんの、オ、オナ声!!!???? あう…かわ…いや…エロ…う……あう……。 数分の再生時間、ろくに息ができなかった。 クラクラする。 緊張なのか興奮からか身体が痺れていた。 また次のデータを再生する。 さっきの音声より少し大胆な印象だ。 『あうう……ん。ああん……おねがいぃ……』 『いちゃうっっ!あっ乳首でっいっちゃう!』 さっきの可愛い喘ぎと違い、生なましいセリフも入ったその破壊力に、ズドンとヤられてバラバラにされた俺の思考は、かなり長いこと機能停止した後、一周回った冷静さで分析を始めていた。 これは言葉だけ聞くと……考えたくはないけど、誰かと……。 繰り返し再生して、他の誰かの気配をさぐる。 けど……。 サヤちゃん一人の声だ。 ちょっと安心した。 わざわざパスワードを見せスマホへ誘導したんだから、これはある意味、俺へのメッセージだ。 他の奴との絡みの声を聞かせるほど無神経ではないらしい。 それに、サヤちゃんは……やっぱり……乳首……好きなのかっっ!!! 想像はしてた。 けど、本当に男に抱かれている想定でサヤちゃんが自分でしているとは……。 はぁぁぁぁぁ……。 有家川は俺を試したんだろう。 これを聞くかどうか、そして、聞いた結果どういう反応を示すか。 聞いて引けばそこでおしまい。 けど、俺は引くどころか……自覚してしまった。 声が好きだとか、性欲を刺激されてるとか、『好きだ』という単語にすら色々な意味を含ませ、遠回しに少しづつ認めながらも、はっきりと認めることを避けて誤摩化してきた。 でも、俺はもう誤摩化しようもなく、そして、どうしようもなく……。 有家川聖夜に恋をしている。 この音声を聞いて、欲情より強く恋心を刺激されてしまった。 サヤちゃんに『ああん……おねがいぃ……』とねだられる男になりたい。 『ぁあん……さわって??』と求められる男になりたい。 サヤちゃんの唯一になりたい。 まだ授業が終わるには少し早い。 しかし廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。 わざわざ、抜け出して来てくれたのか。 皆が戻ってくるまでほんの少しの間だけど、二人きりで話せる。 胸がじゅわんと熱くなった。 認めてしまった有家川への恋心で、なんだかフワフワとしている。 静かに教室の扉を開けて、そろりと近づいてくるジャージ姿。 「てめぇ……何してやがる」 低い声で唸るように言っているが、顔はちょっとふて腐れてるような、けれどすがるような、複雑な表情だ。 けど怒ったフリをされても、どう乗っかればいいかわからない。 「 有家川(うけがわ)って……無防備だよな?あんな事やらかしたのに、懲りずにスマホ持って来て」 危機感の薄い子供みたいな有家川に、つい顔がほころぶ。 俺は駆け引きとかそういうのは苦手なんだ。 なにせ、恋愛経験値が少な過ぎる。 そして大して話も出来ないままに、皆が体育の授業を終えて、戻って来てしまった。 それでも、俺は後で話をする約束だけはとりつけた。 「サヤちゃんと話させてくれよな。俺、楽しみにしてるから」 そう耳元で言うと、サヤちゃんがゾクッとしたように肩をすくめた。 もう、そんなエロい顔……。 でも、これが俺が会いたかった『サヤちゃん』の顔だ。 ◇ きっと、出会いのフラグをどうにか回収できたってことなんだろう。 俺はその晩初めて『サヤちゃん』と話をした。 はじめ俺からの電話に警戒していた有家川だけど、すぐにサヤちゃんとして話してくれるようになった。 俺だけに向けられるサヤちゃんの声。 俺がどれだけサヤちゃんが好きかを語ってばかりで、サヤちゃんは相づちがほとんどだったけど、ちょっとした言葉もわざと可愛く言ってみたり、男らしい声が混じったり。 クルクルかわる表情豊かな声に俺は興奮した。 耳に入ってくる声は生々しく俺を刺激するのに、どこか夢の中にいるみたいだった。 そんな調子で大興奮のままサヤちゃんと話しながら、 『やっと、どうにかサヤちゃんの攻略キャラの一人になれた』 俺は、そんなふうに思っていた。

ともだちにシェアしよう!