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6-ついに[衝撃]2
◇
休み時間、珍しく有家川の周りに人がいない。
俺は自分の席にだらしなく座る有家川に背後から近づいた。
とりあえず、
「何してるんだ?」
なんて適当に話しかけて会話のきっかけを探るつもりだった。
一瞬目が合った。
有家川はさっと目をそらして、置いてあったスマホを手に取る。
そして、俺が後ろに立っているのに気付いているにもかかわらず、スマホを操作しパスワードを入れてロック解除をした。
俺は混乱した。
でも……。
これは、俺に見せてる………んだよな?
エロボイスを流したのに続き、有家川からの明確過ぎるサイン。
俺が不甲斐無いせいで、ここまでさせてしまったことを少し申し訳なく思いながらも、しっかり乗っからせてもらう事にした。
体育の授業中、ひとり抜けだして教室にもどる。
有家川の席は窓際だ。
誰もいない教室にグラウンドの声が響いてくる。
体育の授業の直前にも、有家川と目が合った。
すっと目をそらしながら、彼は机の上のバッグにスマホを投げ込んだ。
そのバッグは開いた状態のまま、今も机の上にある。
むき出しのスマホを手に取るのに躊躇はなかった。
きっとこの中に、次へ繋がる何かがある。
………まさか……。
まだ、あんな音声を入れて……。
いや、さすがにそれはない……よな。
でも……。
有家川はまだ自分が『SAYA』だとは認めてない。
けど、あの声は明確な証拠だ。
証拠にたどり着け……ってことか?
とはいえ、危険過ぎる。
牟田なんかがふざけて勝手に再生してしまいそうだ。
それとも……牟田もとっくに知って……?
いや、アイツの事は考えるな。
とにかく、今は『サヤちゃん』へたどり着くこと。
とりあえず携帯番号とメアドを自分のスマホに送る。
そしてドキドキしながら音声関係のアプリを探した。
見つけた。
録音アプリに日付だけのデータ名。
多分これだ。
本当に推測通りのモノだった場合に備えて、一緒にあったイヤホンを耳に入れる。
震える手で再生ボタンを押した。
『あぁ…ん…ん……はぁっはっ………』
控えめな、だけど生なましい声。
目の前が真っ赤になった。
この前の、短い再生時間じゃわからなかった。
けど、これは……?
うっっ……。
有家川の……いや、サヤちゃんの、オ、オナ声!!!????
あう…かわ…いや…エロ…う……あう……。
数分の再生時間、ろくに息ができなかった。
クラクラする。
緊張なのか興奮からか身体が痺れていた。
また次のデータを再生する。
さっきの音声より少し大胆な印象だ。
『あうう……ん。ああん……おねがいぃ……』
『いちゃうっっ!あっ乳首でっいっちゃう!』
さっきの可愛い喘ぎと違い、生なましいセリフも入ったその破壊力に、ズドンとヤられてバラバラにされた俺の思考は、かなり長いこと機能停止した後、一周回った冷静さで分析を始めていた。
これは言葉だけ聞くと……考えたくはないけど、誰かと……。
繰り返し再生して、他の誰かの気配をさぐる。
けど……。
サヤちゃん一人の声だ。
ちょっと安心した。
わざわざパスワードを見せスマホへ誘導したんだから、これはある意味、俺へのメッセージだ。
他の奴との絡みの声を聞かせるほど無神経ではないらしい。
それに、サヤちゃんは……やっぱり……乳首……好きなのかっっ!!!
想像はしてた。
けど、本当に男に抱かれている想定でサヤちゃんが自分でしているとは……。
はぁぁぁぁぁ……。
有家川は俺を試したんだろう。
これを聞くかどうか、そして、聞いた結果どういう反応を示すか。
聞いて引けばそこでおしまい。
けど、俺は引くどころか……自覚してしまった。
声が好きだとか、性欲を刺激されてるとか、『好きだ』という単語にすら色々な意味を含ませ、遠回しに少しづつ認めながらも、はっきりと認めることを避けて誤摩化してきた。
でも、俺はもう誤摩化しようもなく、そして、どうしようもなく……。
有家川聖夜に恋をしている。
この音声を聞いて、欲情より強く恋心を刺激されてしまった。
サヤちゃんに『ああん……おねがいぃ……』とねだられる男になりたい。
『ぁあん……さわって??』と求められる男になりたい。
サヤちゃんの唯一になりたい。
まだ授業が終わるには少し早い。
しかし廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
わざわざ、抜け出して来てくれたのか。
皆が戻ってくるまでほんの少しの間だけど、二人きりで話せる。
胸がじゅわんと熱くなった。
認めてしまった有家川への恋心で、なんだかフワフワとしている。
静かに教室の扉を開けて、そろりと近づいてくるジャージ姿。
「てめぇ……何してやがる」
低い声で唸るように言っているが、顔はちょっとふて腐れてるような、けれどすがるような、複雑な表情だ。
けど怒ったフリをされても、どう乗っかればいいかわからない。
「 有家川 って……無防備だよな?あんな事やらかしたのに、懲りずにスマホ持って来て」
危機感の薄い子供みたいな有家川に、つい顔がほころぶ。
俺は駆け引きとかそういうのは苦手なんだ。
なにせ、恋愛経験値が少な過ぎる。
そして大して話も出来ないままに、皆が体育の授業を終えて、戻って来てしまった。
それでも、俺は後で話をする約束だけはとりつけた。
「サヤちゃんと話させてくれよな。俺、楽しみにしてるから」
そう耳元で言うと、サヤちゃんがゾクッとしたように肩をすくめた。
もう、そんなエロい顔……。
でも、これが俺が会いたかった『サヤちゃん』の顔だ。
◇
きっと、出会いのフラグをどうにか回収できたってことなんだろう。
俺はその晩初めて『サヤちゃん』と話をした。
はじめ俺からの電話に警戒していた有家川だけど、すぐにサヤちゃんとして話してくれるようになった。
俺だけに向けられるサヤちゃんの声。
俺がどれだけサヤちゃんが好きかを語ってばかりで、サヤちゃんは相づちがほとんどだったけど、ちょっとした言葉もわざと可愛く言ってみたり、男らしい声が混じったり。
クルクルかわる表情豊かな声に俺は興奮した。
耳に入ってくる声は生々しく俺を刺激するのに、どこか夢の中にいるみたいだった。
そんな調子で大興奮のままサヤちゃんと話しながら、
『やっと、どうにかサヤちゃんの攻略キャラの一人になれた』
俺は、そんなふうに思っていた。
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