61 / 78
8-とうとう[限界、そして限界突破]1
いつかは俺だけを見てくれたら……。
そう願って粘り強くサヤちゃんの心に入り込もうとしていたのに、急にサヤちゃんが俺を避け始めた。
避けられる心あたりは、ひとつしかない。
二人きりで会いたいと、言い続けていた。
けど、サヤちゃんは、拒み続けていた。
最初は迷っている風だった。けど最近は無理のある言い訳で誤摩化すように拒む。
そんなに俺と二人で会うのが嫌なのか。
学校ではあからさまに目をそらし、こちらを見ていないフリをしておきながら、チラチラと盗み見てきたりする。
明確に無視をされるわけじゃない。
それでも、避けられるのはやっぱりつらい。
そのくせ夜に通話をしているときは、ものすごく楽しそうにしてくれる。
甘えたように俺を求めて、イヤらしい声だって聞かせてくれる。
スマホの向こうでは、サヤちゃんが俺にふれられるところを想像しながら、身体を熱くしてくれているのに。
あの形のいい太ももをすり合わせ、長い指で敏感な乳首を摘んで、控えめな吐息を漏らして。
最近では、夏に水着で覆われていた、俺のまだ見ぬ部分に手を伸ばすことに躊躇がない。
きっと水着には収まりきらない状態で。
俺に言われるがまますりたてて、俺だけの事を考え、息を弾ませる。
音を聞かせてと言えば、スマホを昂りに近づけてクチュクチュという音をたてて。
少し遠くから『聞こえてる?』なんて声をかけられると、匂いまで感じそうなほど生々しく感じる。
『サヤちゃんの気持ちいいとこ。……俺に教えて』
そう言えば、サヤちゃんの指は後ろへと伸びる。
ココが一番気持ちいいと思うようになるまで、何人の男がふれたのか。
男らしいサヤちゃんを、あんなに可愛いらしくしてしまった誰かに嫉妬する。
『ん……きりたの指…イイ。きもちいい。はぁっはぁっ』
快感に喘いで夢中で俺の名前を呼んで……。
嬉しい。けどもっともっと深くサヤちゃんの心に入り込みたい。
『指じゃないよ。分かるだろ?ほら、想像して』
サヤちゃんは恥ずかしがって、照れて嫌がって。だけど俺と繋がったところを想像しながらイってくれた。
『指、軽く曲げてクルッと回して』
浅い知識で適当な事を言えば、サヤちゃんは言われるがままにやってくれる。しかもサヤちゃんは、本当に俺にされている気分になっているらしい。
『ぁあっ……そこっ……好き』その言葉に、後学のために『どこをどうさわったの?』と尋ねても『んあ……そこっっっ』と、要領を得ない。
『んっっぁ、やっっ強いっっ』小さく悲鳴をあげたサヤちゃんに『じゃ、優しくじっくりとね』と言えば、ナカをねっとりなで上げて『ぁ……ああ……きりた。なんでオレのいいトコわかるんだ?』なんて、不思議そうに言う。
サヤちゃんの手が自ら熱い体をなぞり、高め、快感を引き出してるのに、俺が全てをわかって、サヤちゃんの手を操っていると思ってるらしい。
そんなとぼけたところも愛おしくて、直にサヤちゃんの肌にふれたくてたまらなくなる。
いや、ベッドの上のいやらしいサヤちゃんの声を知っていても、顔を合わせてとなると会話すらほとんどしたことがないんだ。
焦らずきちんと段階を踏まなければ、俺より圧倒的に恋愛経験値が高いサヤちゃんに、ガッつきすぎだと呆れられてしまう。
俺が普段目にするのは、学校の窓際で、うららかな陽光に髪をきらめかせながら、子供のような顔で居眠りをする制服姿。
そのサヤちゃんに、頬を寄せ、手をつないでいるところを想像するだけでも胸がふるえる。
けど、二人きりで会う事を拒まれ、学校でも避けられている今の俺には、静かに見つめ合う事すら難しいのが現実だ。
そしてまた、牟田がベタベタとサヤちゃんにまとわりつき始めた。
まるで見せつけているみたいに。
避けられれば悲しくなって、甘えられれば喜んで。
俺はサヤちゃんの気まぐれに弄ばれている。
それでも、ぐっと耐えて、耐えて、耐えて……。
そろそろ、限界が近づいていた。
◇
サヤちゃんとキスをした。
……。
最低だ。
ただぶつかっただけだった。
それが悔しくて、再度唇をふれさせ、キスにしてしまった。
通常はほとんど人の出入りのない社会科準備室。
滅多にない二人きりの時間が、こんなに苛立ちにまみれ、バツの悪いものになるなんて思ってもみなかった。
どうすればサヤちゃんの唯一になれるのか。
サヤちゃんは俺をどう思っているのか。
ずっと、同じことを何度も何度も繰り返し考えていた。
サヤちゃんに避けられ、何か気にさわることでもしてしまったのかと不安になった。けど、そんな日ほど通話の時に、まるで俺に夢中であるかのように、可愛く甘えてくる。
そして俺はサヤちゃんが欲しくて欲しくてたまらなくなるんだ。
本当に俺の事を好きになってくれたんじゃないかと思えば、今度は見せつけるように牟田なんかとベタベタし始める。
牟田に抱きつかれた状態で俺と目が合う事もある。
そんな時、サヤちゃんに軽く微笑まれても、サッと目を逸らされても、俺の頭は沸騰する。
俺が見ている事なんか気にしていない。
サヤちゃんにとって、俺はその程度の存在だって事だろうか。
そうは思いたくない。
けど、そういうことなんだろう。
いくらサヤちゃんを好きだとはいえ、俺にも限界はある。
思わせぶりな態度を取られることが辛かった。
けれど、避けられるのはもっと辛い。
ただ俺にサヤちゃんに大切に思われるだけの魅力がないんだと言われればその通りで、それがまた情けなかった。
そして、鬱屈した気持ちを社会科準備室でサヤちゃんにぶちまけてしまった。
自習中に牟田とイチャイチャするサヤちゃんを見ていられなかったんだ。
これが正当な怒りなのか、それとも、お門違いのただの八つ当たりなのか。その判別もつかなかった。
連絡を絶ち頭を冷やそうとしているのに、次の日の朝すぐにサヤちゃんが俺に謝ってきた。
俺が何にキレてしまったのかなんて全く考えていない。
とにかく謝っておけというのが見え見えだった。
ここで謝罪を受け入れば、今まで通りの関係を続けられる。
そうわかっていても、俺はそんなふうに割り切れない。
子供っぽいと思われるかもしれないが、とにかく頭が冷えるまでほおっておいて欲しかった。
なのにサヤちゃんは何度も適当な謝罪を繰り返し、その度に俺は『雑に扱われている』という思いがくすぶり、気持ちが澱 んでいく。
それと同時に、俺にすがるような目を向けるサヤちゃんが、可哀想で、愛おしくて、何も考えずに抱きしめてしまいたくなる。
けれど、俺が落ち込ませてしまったサヤちゃんを沢木が慰める。
沢木が優しくサヤちゃんの頭をなで、二人で笑いあっているのを見てしまった。
本当なら、俺があんな風にサヤちゃんに優しくしてあげたかったのに。
俺は……ただサヤちゃんを困らせただけだ。
情けない。そして、悔しい。
牟田にも沢木にも、サヤちゃんにふれて欲しくない。
強引にでも、自分だけのものにしたくなる。
そして、その誘惑に抗いきれずに、俺は怒りのままに再びその唇にふれてしまった。
教室移動の途中、階段下に誘い出された。
また意味のない謝罪をするつもりだとすぐにわかった。
沢木に頭をなでられ、ちょっと笑って。
何度でも謝って来いとでも言われたんだろう。
そして言われた通り俺の元へ。
「ごめん……。その許してくれないか……な」
他の奴にそそのかされての謝罪の言葉なんか聞きたくなかった。
どう謝罪すれば俺が満足するのかと、はくはくと小さく動く唇をキスで塞いだ。
そっとふれ、チュッと優しく吸う。
頭は沸騰していても、やっぱりサヤちゃんは俺の宝物で、これ以上傷つけたくなくて。
もういっそ俺なんか切り捨ててくれれば、いやそんなこと絶対に耐えられない。様々な感情が入り乱れる。
「なんで、避 けないんだ?」
「え?」
「避けようと思えば、避けられただろ。大人しくキスさせとけば、丸くおさまるんじゃないかって思った?」
自分勝手にキスをしたくせに、サヤちゃんが何の抵抗もなくあっさりと唇を許す事に腹が立つ。
俺よりずっと経験豊富なサヤちゃんにとって、これくらい何でもないんだと切なくなった。
それでも、もし、サヤちゃんがいつも通話する時のように、
『桐田……もう一回チュウして?』
と言ったなら、俺はその唇を求め、全てを有 耶 無 耶 にしてしまっていただろう。
けれど、サヤちゃんの口から出たのは、
「きりた……オレのこと……好き?」
という、疑問だった。
どういうつもりなのか。
今までずっと繰り返し伝えてきた、俺の『好き』が全く通じていなかったってことなのか。
それとも、好きなら今の扱いでも我慢しろという事なのか。
好きだ。
好きだ!
好きだ!!!
その感情がまるで暴力のように俺の中で暴れる。
抱きしめて、口づけて……。
この場で、サヤちゃんの身体を貫いて俺の好きだという感情を刻み込みたい。
けれど俺は、ただ手を震わせて立ち去ることしか出来なかった。
ともだちにシェアしよう!