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8-とうとう[限界、そして限界突破]2

◇ 蔵を改装した自分の部屋で一人になれば、ずっとサヤちゃんのことばかり考えてしまう。 あんな薄暗い階段下なんかで、怒りのままにキスをしてしまった。でも俺にとってサヤちゃんは甘く可愛い存在で、手荒に扱うなんてできなかった。 ふわりとした唇にふれれば、愛おしくて切なくて、優しくしたくて……。 もっともっとふれたくて、全てを忘れて抱きしめて、サヤちゃんに溺れたくなる。 それでも、いつも学校では距離を取るくせに、どうぞとばかりにキスをさせてくれるサヤちゃんに腹が立った。 そして、一方的に感情をぶつけてしまった自分の身勝手さが一番情けない。 『好きだ』という言葉を本気にしてもらえていなかったことからもわかるように、俺はサヤちゃんに全く相手にされていない。 とにかく恋愛経験値が低すぎる。 ラスボスに木の棒で戦いを挑むような、自分の幼稚さが悲しい。 けど、攻略したいのはサヤちゃんだけ。 他で経験値を上げることなんかできやしない。 はぁ……。 ため息をついて、机に教科書とノートを広げた。 どうにもならない思考を断ち切るために、無心になろうと勉強に逃げる。 これまでも悩むたびに勉強に逃げていたけれど、ここ数日はあまりに悶々としすぎていた。 まだ二割ほど未着手ページが残っていた、兄さんの高校三年時の数学の教科書をやり尽くし、昨日からは高校一年の教科書に戻っていた。 好きな教科は理科系だけど、無心になるにはやっぱり数式が一番だな……。 ◇ 休憩のため母家で水を飲んでいたら、風呂あがりの父さんが通りかかった。 俺はサヤちゃんへの気持ちが恋だと気付いてから、毎日父さんに相談をしていた。 「俺、好きな人が出来たんだ」 最初にそう言ったとき、父さんは少し驚いた顔をしたけど、温かい目で 「そうか」 と言った。 「好きな子は、同じクラスなんだ」 そう次の日に言ったら、やっぱり父さんは温かい目で 「そうか」 と言った。 そんな調子で毎日父さんにサヤちゃんのことを相談した。 「可愛い笑顔を向けてくれたんだ」 「授業中、よく居眠りしちゃうけど、その寝顔が天使みたいなんだ」 「最近、ちょっと避けられてる」 「話をするのはいつも電話ばかりなんだ」 父さんはいつも 「そうか」 と言って、俺の話を聞いてくれる。 父さんに話せば、お母さんに伝わる。 お母さんに伝われば、家族の誰かしらに伝わる。 数日前に妹の千草にも、俺が今サヤちゃんとの関係が上手くいってないことが伝わったようだった。 そして妹は俺に 「お兄ちゃん、身の程知らずね」 と言ってきた。 少し前に妹が『俺の好きな人』というのがサヤちゃんだと気付いた時にも 「お兄ちゃん、身の程知らずね」 と言われたばかりだった。 妹は写真でサヤちゃんの顔を見て知っている。 派手で目立つタイプで、リアルでもオタな趣味でもイケてるサヤちゃんに、俺が本気で相手されるわけがないと言いたいんだろう。 思うところは色々あるが、完全に否定も出来ないので、とりあえず曖昧に返事を返すしかない。 俺は父さんに聞いてみた。 「俺、身の程知らずかな…?」 すると、父さんは何のことだと言わんばかりの顔で 「そうか?」 と、言った。 俺は、ほぉっ……と息をついた。 父さんの変わらぬ言葉に、少し勇気をもらえた。

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