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9-それでも[会いたい]
母屋から蔵の部屋へと戻りながら考えた。
ずっとサヤちゃんの謝罪を拒んできたけれど、明日、ちゃんと話そう。
俺が欲しいのは謝罪の言葉じゃない。
サヤちゃんには、ずっと好きだと伝えてきたつもりだった。
けど、泣きたいくらい全く伝わっていない。
俺がサヤちゃんとどうしたいのか、そしてどうなりたいのか。細かく丁寧に話さないと、きっとサヤちゃんには伝わらない。
もう一度好きだと伝えて、サヤちゃんの特別な存在になりたいと言おう。
今すぐにそれが無理だとしても、せめて二人きりで会ってもらって、俺は電話の向こうだけの存在じゃないって示したい。
そして他の人と同じラインに立ちたい。直接ふれたい。
サヤちゃんは流されやすい。
ずるい考えだろうけど、直接会っているうちに、通話のときと同じように、だんだん色々なコトを許してくれて、キスして互いに深くふれ合って……なんて展開だって充分考えられる。
粘り強く俺の気持ちを伝え続け、体温を感じる距離にいられれば、そのうちサヤちゃんの一番になれて、そして唯一になれる可能性だってゼロじゃないかもしれない。
とにかく、学校以外で二人きりで会うこと。
それを目指そう。
部屋に戻ると、勉強机代わりの座卓に広げていたノートなどを片付けた。
もう、勉強する気になれなかった。
寝室にしている二階に上がり、ベッドに転がる。
二人で会ってもらうことを、サヤちゃんの適当な謝罪を受け入れる条件としてもいいかもしれない。
会うことを拒み続けたから、俺が爆発したということくらいは、サヤちゃんだってわかってくれているだろう。
でも……それでも会うのを拒まれたら、俺はどうしたらいい?
…………。
思考停止。
そこから考えが進まない。
サヤちゃんをあきらめるなんて考えられない。
けど、会えないなら、何の進展もないだろう。
今までと同じように、電話の向こうだけの存在で居続ければ、また俺は耐えられなくなって爆発するのは間違いない。
けど、受け入れてもらえなかったら……?
ただただ頭が煮えた。
そのとき、部屋に聞き慣れない音が響いた。
一拍おいて通話の着信を知らせる音だと気付く。
俺のスマホはメール、メッセージばかりで通話の着信はほとんどない。
緊急地震速報よりも少ないかもしれない。
画面を見て、スマホを持つ手が震えた。
サヤちゃん……。
反射的に通話を押したけど声が出ない。
『もしもし……』
いつもなら萌える可愛らしい声に、妙に緊張した。
『んっゔん。もしもし?』
俺の返事を催促するように、喉を鳴らし、サヤちゃんが落ち着いた声を出す。
「……サヤちゃん。サヤちゃんのほうから連絡くれるの初めてだな」
これが平常時なら、はしゃぎまくっただろうが、今はサヤちゃんがどういうつもりで連絡をくれたのかが気にかかる。
わざわざ連絡をくれるほど、俺の事を気にしてくれていたという事は素直に嬉しい。
けど、また意味の無い謝罪だったら、嬉しさの反動でキレてしまいそうで怖い。
俺はとにかく、感情を殺してサヤちゃんに言葉を返した。
『あの……』
「なんの用?」
声が重なる。
そして、サヤちゃんが初めて、つたないながらも一生懸命に、自分の気持ちを俺に教えてくれた。
◇
…………。
サヤちゃんが可愛い。
通話を終え、俺は一人余韻に浸っていた。
もう、もう、サヤちゃんは可愛過ぎる。
いまだにちょっと信じきれてはいないけど、サヤちゃんは俺だけだと言った。
かわいいいところを見せるのも、甘えるのも、エッチな喘ぎ声を聞かせるのも俺だけだと言った。
俺を納得させるためのウソかもしれない……と、思わないでもない。
でも、それでも。
たどたどしく一生懸命、俺に納得してもらおうと話すサヤちゃんが健気で……。
納得していないフリをして、何度も『桐田だけだから』と言わせてしまった。
サヤちゃんもそのうちに、俺がわざと言わせてるのだと気付いたようだ。
「桐田だけなんだからっ」
甘えた声を出し始め、さらにそんな甘えた声を出す自分に酔って、ミルクをねだる子猫のようになった。
いつもワイルドなサヤちゃんが俺だけに見せるあざとさ。
こんな一面を知っているのは俺だけなんだ……。
『二人で会うのが恥ずかしい』とか『イメージと違うって思われたらどうしよう』なんていう、サヤちゃんが俺と二人きりで会うのを拒んでいた理由は、正直よく理解できなかった。
でも、俺と会いたいとも言ってくれた。
俺に嫌われたくないとも言ってくれた。
会いたいと言ったら、
『……いま?』
と、聞き返された。
サヤちゃんの都合なんか無視して、いま会いたいと言ってしまえばよかった。
サヤちゃんの顔を見たい。
会いたい。
明日の朝、学校でまた会える……とはいえ、すぐにでも会いたくてたまらない。
兄さんのバイクを借りて行ったとしても、片道1時間以上。
日付が変わる時間までサヤちゃんを待たせてしまうのはさすがに申し訳ない。
……けど、会いたい。
集合写真を取り出して、小さなサヤちゃんの顔を指でなぞる。
写真の中でも、俺とサヤちゃんの距離は遠い。
でも、サヤちゃんのすぐそばに写る牟田や沢木のことは、ただの友だちだと明言してくれた。
『ただの友だち』としてカテゴリー分けされる存在だから、イチャイチャしているようにしか見えなくても、本人はイチャイチャしていると気付かないのかもしれない。
でも、あれがサヤちゃんにとって友だちとの標準的コミュニケーションの取り方だというなら、俺はこれからもずっとイチャイチャしてるのを見せつけられるんだろうか。
なんでもないのだと頭でわかっていても、正直キツい。
牟田や沢木が『フツーの友だち』だっていうなら、俺はサヤちゃんにとって何なんだと聞きたくなったが、まだそれを聞くのは時期尚早だろう。
あの二人がいわゆる『セフレ』というモノではないとわかったけれど、サヤちゃんに自覚がないないだけで、俺が『セフレ予備軍』なんじゃ……と、うっすら思わないでもない。
ともかく、明後日の土曜日に、とうとう二人きりで会う約束をした。
そのときにもう一度、きちんとサヤちゃんに好きだと言おう。
言い続けていれば、いつか『桐田だけなんだからっ』と言ったのと同じように甘えた口調で、俺のことを『好きだ』と言ってくれる日が来るかもしれない。
どんなに特別だって言ってもらえても、今は友だちにすぎない。
だけど、いつかはサヤちゃんと恋人に……。
……。
まさかサヤちゃん、いまさら男は無理とか言わないよな?
俺が無理矢理キスしても、嫌がらなかったし……。
けど、サヤちゃん……読めないな。
学校で毎日のように顔を合わせてるのに、俺と二人きりで会うのは『恥ずかしいからダメ』なんて、拒むポイントもよくわからないし。
キスもエッチなこともOKだけど、つき合うのは無理だとか言い出しそうだ。
俺だけとしかそういう事をしないのであれば、俺は恋人という形態にこだわらなくてもいいけど……。
……いや、それは『セフレ予備軍』から『セフレ』に昇格することになってしまう。
でも、現状よりはマシか?
いや、本命になれないまま、取り返しのつかない事態になりそうな気もする。
…………。
なんにしろ、まずは土曜日にいい印象を与えて、継続的に会ってもらえるようにしよう。
全てはそれからだ。
今は、余計な不安よりも……あの甘く可愛く俺の名前を呼ぶ声に浸っていたい。
『じゃ、二人っきりで話す時は、真矢 って呼ぶね』
って…………。
ああ……。
ほんと、可愛かった。
なんの脈絡もなく、
『真矢ぁ』
と、名前を呼ばれただけで、アドレナリンが放出されたのがわかった。
目を瞑ってサヤちゃんの顔を思い浮かべる。
学校の階段で俺を見下ろすサヤちゃん。
着崩した制服に、片手をポケットに突っ込んで、ちょっと突き出した首が威圧的に見える。
けど、俺と視線が合えば、片頬がヒクッと動いて、それから顔がフニャッと緩んで……。
『真矢ぁ』
顔に似合わぬ、だけど、すっかり聞きなれた少年らしい可愛い声。
手すりにもたれて、階段をのぼる俺の顔をのぞきこむ。
『真矢だけなんだからな。オレがこんな甘えた声出すの、真矢にだけだぞ』
かわいい。
サヤちゃん。
はぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
数日ぶりに、スッキリとした気持ちでベッドに入ることができた。
そして俺はいつまでも、いつまでもサヤちゃんのはにかんだ笑顔を想い続けた。
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