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10-ひたすらに[いくら言葉を尽くしても足りない]
サヤちゃんから初めての連絡をもらい、和解した次の日。
教室でチラリと俺に視線を寄越し、恥ずかしそうに目をそらしてサヤちゃんが廊下へ出ていった。
……誘ってるんだろうか。
目が眩みそうなくらい愛らしすぎて、判断がつかない。
なんでもいい。
またしても俺は、蜂が花の蜜に誘われるようにサヤちゃんの後をついていった。
手洗い場にいるサヤちゃんに話しかけると泣きそうな顔をする。
学校ではいつも強気なサヤちゃんがこんな顔をするなんて。
一体何が……。
俺は焦って手を引き、屋上手前の階段踊り場に連れていった。
可愛い泣き顔なんか誰にも見せたくない……。
いや、ちがう。
泣きそうな顔の理由を聞かなければ。
そう思うのに、
「んんん……ホント、なんでもなぃ。心配かけてゴメンな。真矢」
初めて面と向かって名前を、しかも掠れたせいでちょっと少年キャラ風になった声で呼ばれ、ときめきまくってしまった。
きつい目がかすかに潤んで、恥ずかしそうに頬が染まり……。
天変地異レベルのギャップ萌え。
……俺は馬鹿だ。
慰めなければいけないのに、しょんぼりしたサヤちゃんの可愛さにやられてしまっている。
大きい身体を小さくしてるサヤちゃんの頭に、へしょっと垂れた犬耳の幻覚すら見えそうだ。
『もう一回言って?』なんていう、図々しい要望に、赤くなりながら応えてくれるサヤちゃんが愛おしくてたまらない。
可愛い……もう、可愛いすぎて今すぐにでもキスして押し倒して、身体じゅうに愛情の証を刻んでしまいたい。
なのに、
「ドキドキするくらい可愛い」
と俺が言えば、
「……気持ち悪くない?」
なんて、不安げな顔をする。
意味が分からない。
通話しているときも何度も『可愛い、可愛い』と言っていたし、とにかくサヤちゃんは男らしいのに、愛らしい。ガサツなのにキュート。粗野だけどラブリーだ。
そして、俺はようやく知った。
サヤちゃんは自分の容姿が男らしいのに、可愛いと言われて喜んでしまうことに違和感があったようなのだ。
可愛いと言われるのは嬉しいけど、自分じゃ自分が可愛いとは思えない。
だから、俺の『可愛い』という言葉で喜ぶことを恥ずかしく思っていたんだろう。
それが昨日サヤちゃんが言っていた『二人で会うのが恥ずかしい』とか『イメージと違うって思われたらどうしよう』とかいう言葉に繋がるにちがいない。
俺だって、サヤちゃんの外見が可愛いというよりカッコいい方だってことくらいわかってるし、性格だって女性っぽいとは思わない。
けど、でも……。素直で、優しくて、甘えたがりで、そんなところがちょっとした表情に現れるから、俺にはどうしようもなく可愛いく見えるんだ。
俺は、そんなことを不安に思うサヤちゃんが、さらに可愛くて愛おしくてたまらなくなってしまった。
「サヤちゃんはやっぱり、可愛い」
俺の言葉にニヘ……っと笑うサヤちゃんに、こみ上げる想いが堰を切って溢れ、我慢ができなくなる。
「もう、サヤちゃんが可愛すぎるのがいけない」
自分勝手すぎる言い訳だ。
俺は顔を寄せ、サヤちゃんの唇にチュッと軽い音を立ててキスをした。
意外にもサヤちゃんは首まで完全に真っ赤になって、そんな様子もまた可愛い。
俺にキスされて嫌じゃないだろうか?
そう思って見つめると、サヤちゃんがねだるような視線を寄越してきた。
やっぱり可愛い。
けど女子や、可愛い系の男子がかわい子ぶるのとはちょっと違う。
サヤちゃんは恥ずかしがり屋だ。
恥ずかしいけど、甘えたい。
そんなせめぎ合いが可愛さにつながる。
こんなにも可愛いのに、なんで『自分が可愛いく甘えるのが気持ち悪いんじゃないか』なんて悩めるんだろう。
「ん……」
深く口づければ、小さく息を漏らす。
抱きしめて夢中でキスをしていた。
……良かった。
サヤちゃんが嫌がる様子は無い。
それどころか。
「んぁ…………ん……」
鼻から抜けるような声を漏らして、とろけたような表情をしている。
ちょっと口を離せば、
「もっと……」
とねだってくる。
こんな色っぽい声を出されれば、キスが濃厚になってしまうのは仕方がない。
サヤちゃんは媚薬だ。
ここが学校だってことを忘れそうになってしまう。
さすがにキス以上のことは出来ない。
なのに、
「はぁ……んぁ…………ん……」
甘いキスにサヤちゃんが声を漏らす。
そして、俺を求めるようにサヤちゃんの手が身体をなでた。
興奮を必死で抑えても頭が飛びそうで、この場所で出来るギリギリまで、互いを求めあう。
こんなに他人の体温を感じたのは初めてだ。
ちょっと離れればサヤちゃんの唇が追ってきて、控えめな舌の動きに胸が高鳴る。
チョンチョンと可愛く誘ってくる舌に俺の舌を絡めると、
「ンァ……ぁハァ‥‥…んむ」
ピクっピクッとサヤちゃんの身体が反応をくれる。
さらに、もどかしげに俺をなでる手から、サヤちゃんの気持ちも伝わる。
もっと深くキスしたい。もっと互いの熱を感じたい……。
「んぁ……ん……んンァ!」
サヤちゃんがキスとは思えないような声を出す。
……俺を壊すつもりか……。
ほぼ保てていない理性をさらに吹き飛ばしかねないエロい声を、サヤちゃんが俺の耳に吹き込み続ける。
――西洋からキスという文化が入ってくるまで、日本でキスは口吸いと呼ばれ、性行為の一部だった。
サヤちゃんとのキスも、ちょっと性行為に近いのかもしれない……。
そんな無意味な分析をして、甘い世界から無理矢理意識を引き戻す。
かなりエロすぎるサヤちゃんとのキスは、慣れない俺には危険すぎる。
けど、全てが欲しいという欲はおさまらない。
だらしなくぶら下がるサヤちゃんのネクタイを勝手に緩めて、二つ開いてるボタンをさらに三番目まで外し、鎖骨付近に強くキスをした。
「つ……」
サヤちゃんが小さな声を出す。
痛かったのかもしれない。
けど、このくらい強く吸わなければ痕はつかないだろう。
そっと指をはわして確認する。
赤いうっ血。
俺の印。
俺の『欲』がサヤちゃんの身体に刻まれた。
「あ……キスマーク?」
「そう」
サヤちゃんは、ちょっと恥ずかしそうな顔をしたけど、嫌がってはいない。
そのことが嬉しくて、顔がにやける。
指で俺の付けた印をなぞると、ボタンとネクタイを締めた。
そして服の上からまた印の位置を指でなぞる。
……本当は三つ目までボタンを開ける必要はなかったかもしれない。
けど、シャツの上からほんのわずかに気配を感じた胸の小さな膨らみを、開いた襟元からちらりと拝ませてもらった。
俺の付けた印と、サヤちゃんの愛らしく敏感なレッドスポットを一望。
絶景なり。
教室へ戻るために、階段を下りる。
サヤちゃんが当たり前のように手を握ってきた。
嬉しい。
牟田や沢木と手をつないているところは見たことがない。
サヤちゃんから俺への、初めての素直な愛情表現。
幸せで、幸せで、どこまでも幸せだ。
そして俺はそのあとの授業に、かつて無いくらいの集中力を見せた。
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