71 / 78
番外編:息子が恋をしました2
真矢が急に明るくなった。
朝ニコリと笑って、
「おはよう」
と挨拶をする、そのかつてない明るさに、何も言わなくても『サヤちゃん』と仲直りしたのだと家族全員が悟った。
真矢の表情が日増しに柔らかくなる。
毎日話しかけてくる内容も、サヤちゃんのどういうところが可愛いだとか、どういうところが大好きだとか、男子高校生が親に語る内容とは思えないほどの直球ののろけになった。
一言二言語られる内容を総合して考えるに、仲直りをした直後につき合うようになったようだ。
なのに、つき合っているとはっきり言わなかったのは、これだけ盛大にのろけていても、やはりそれなりの照れがあったからだろうか。
いや、真矢にとって『サヤちゃんが可愛い』というのは主観的事実であって、のろけているという自覚はないのかもしれない。
こういうところは、俺に良く似ている。
艶子 ちゃんの良さについて、ただ聞かれるままに答えたつもりなのに『もうわかったから』と止められた事が何度かある。
今までそれがなぜだかわからなかったが、真矢を見て、俺の言葉を止めた人の心境がすこし察せられた。
だからといって、俺は真矢の言葉を止めるつもりはない。
当然だ。可愛い息子の、可愛い恋の話を止めたいなどと思う親がいるはずがない。
できれば、もう少し状況がわかるように話してほしいのだが、なぜだか俺から話を伝え聞いている艶子ちゃんに、逆に現状をまとめてもらって教えてもらうことになる。
それから一ヶ月くらい経っただろうか。
真矢が家に人を連れてくるという。
俺と艶子ちゃんに会ってほしいと言うわりに、外出する日を狙って連れてくることに疑問を感じた。
艶子ちゃん曰く、紹介はしたいけれど、長く会わせたくないからだろうということだった。
真矢が人を連れてくるなんて、本当に珍しい事だ。
もしかしたら、例の『サヤちゃん』だろうか。
実際に会える日が、こんなに早く来るとは思わなかった。
落ち着かずに待っていたが、なかなか来訪者は姿を見せない。
とうとう外出の時間が近づいてしまい、慌ただしく出立の準備を整えていたときだった。
カラリ……と、リビングの大きなガラス窓があいた。
庭に面していて、普段から勝手口のように使っている窓だ。
そこには真矢が、困惑気味の表情を浮かべる人物を連れて立っていた。
…………。
デカイ。
そして、明るい髪ではっきりした顔立ち……。
季節が冬で着込んでいるから余計にデカく見える。随分ワイルドな服のセンスだ。
………………この子。
……えっ?外国人????
真矢が唐突に紹介を始める。
「見てわかるだろうけど、父さんとお母さん。それから、こちら話ししてた、サヤちゃん」
ええっっ?
まさかとは思ったが、やっぱりこの子がサヤちゃん?
サヤちゃんって、サーシャとか……そういう……そういう?
『サヤちゃん』が艶子ちゃんに手土産を渡している。
「あ……はじめまして有家川 聖夜 です」
真矢が散々可愛い可愛いと言っていたサヤちゃんの声は、想像よりもかなり落ち着いたトーンだった。
しかも、やっぱり日本人だ。
俺が戸惑っている間に真矢はさっさと『サヤちゃん』を自室に連れて行ってしまった。
混乱したまま外出準備を続ける。
「やだぁ!すごいイケメンねっっ!」
艶子ちゃんがはしゃいだ声を上げる。
イケメン…………。イケメン?
ああ、そう言えば『サーシャ』も『アレクサンドル』という男性名に対する愛称だ。
だから『サヤちゃん』も男性の愛称でいいのか。
……いや、サヤちゃんは日本人だから……?
俺は混乱したまま、艶子ちゃんと外出する事となった。
艶子ちゃんはサヤちゃんがイケメンで喜んでいるし、男の子である事は前から知っていたようだ。
それどころか、逆に俺が知らなかったという事に驚かれてしまった。
なぜだか、サヤちゃんが男の子であるということに違和感を持つ事自体、今さらすぎておかしいように言われてしまう。
確かにサヤちゃんの名前が真矢の口に上がり始めてからかなり経っていることを鑑みれば、艶子ちゃんの中でサヤちゃんが男の子であるという事実が定着するには充分かもしれない。
しかし、可愛い可愛いと聞かされていた俺が、あのワイルドな少年を見て混乱するのも仕方ないことではないだろうか。
艶子ちゃんに、可愛い女の子だと思い込んでいたから、あの背の高さと顔立ちで外国人と勘違いをしたと言うと、大笑いをされてしまった。
俺の母親、つまり真矢の祖母も『サヤちゃん』が男の子である事は知っているらしい。
おばあちゃんが知っているなら、おじいちゃんである父も知っているんだろう。
もしかしたら、知らなかったのは俺だけなんだろうか。
サヤちゃんが男の子である事を何の違和感もなく受け入れている艶子ちゃんと話していると、だんだんと俺もそれが当然の事として受け入れないといけないような気がし始めてきた……。
冬は日没が早い。
家に戻って、片付けなどをしていると、蔵の部屋から真矢とサヤちゃんが出てきた。
窓の明かりに照らされて、寒い中、二人よりそう様子が微笑ましく見えた。
…………。
やっぱりまだ整理がつかず、少し複雑な心境ではあるが、……微笑ましい気がする。
真矢が
「サヤちゃん、もう、帰るから」
と、声をかけてきた。
俺はいつものように
「そうか」
と返事をする。
『サヤちゃん』が少し恥ずかしそうな表情をして、真矢の手をきゅっと強く握り直した。
…………多分、微笑ましい。気がする。
仲良きことは美しきかな。
そんなのんびりとした感想と、やっぱり家族総出で俺を騙しているんじゃないかという思いが交差する。
しかし、一人勝手に女の子だと思い込んでたんだろうと言われれば、たしかにその通りでもある。
とはいえ、息子に好きな子が出来たと言われて、女の子以外を想像する父親は少数派だろう。
二人は母家に顔を見せて挨拶し、そのあと駅へと夜道を仲良く並んで歩いて行った。
◇
頻繁にではないが、サヤちゃんがうちに遊びに来るようになった。
初めは母家にもあがらなかったが、次からは艶子ちゃんやおばあちゃんとも楽しそうに話していった。
真矢が言っていた通り、見た目によらずいい子のようだ。
そして、ふとした瞬間に真矢との間に甘い空気を醸し出すことがある。
やはり、家族総出で俺を騙しているわけではなかったらしい。
なぜ、真矢の恋人が男の子なんだ……。
ふと、疑問に思うこともあるが、俺以外の家族は片思いの時から男の子であると知っていたため、すでに当然の事として受け止めており、艶子ちゃんにも『なんで疑問に思うの?』と、逆に問われてしまう。
頭で少しづつ疑問点を整理してみても『だって、真矢が好きになったんだもの。いい子じゃないサヤちゃん』という、艶子ちゃんの言葉は無敵だ。
そう言われると、自分でも何が疑問なのかあやふやになっていく。
暖かく見守ってきた息子の恋を、艶子ちゃんの言葉すら論破できないあやふやな理由で否定などできるわけがない。
全く消化はできていないが、否定するほどの論拠も信念もない。
そもそも、否定したいのかどうかもわからない。
疑問を持つ事自体が無意味なのかもしれない。
俺は艶子ちゃんが喜ぶならなんだって受け入れてしまうんだから。
とはいえそれを納得できているかと言われれば、微妙。
拒否も反対できないが、納得も上手く飲みむ事もできていないというのが現状だ。
恋人としてどうかと問われれば、微妙としか言いようがないが『サヤちゃん』自身のことは好意的に受け止めている。
『サヤちゃん』はがとてもいい子なのは事実だし、何かあるときゅっと真矢の手を握るのも可愛らしく思える。
けれど、真矢が散々可愛い可愛いと言っていたために、目の前のワイルドイケメンの可愛さと、自分の中で作り上げた『サヤちゃん』像の可愛さにはどうにもギャップができてしまう。
それに、親バカかもしれないが、イケメンなサヤちゃんより、真矢の方が余程可愛く見えてしまうのだ。
…………。
そうだ、こんどサヤちゃんが来た時に、真矢にナイショで俺のお気に入りの写真を見せてあげてくれないかと艶子ちゃんにお願いしてみよう。
サヤちゃんだって、真矢の事が好きなはずだから、きっとあの写真を気にいってくれるはずだ。
艶子ちゃんが持っているのは4枚だけど、どれにしようか。
いや、全部だな。
どれもとても可愛らしいから、選ぶなんて無理だ。
真矢と千草の可愛いコスプレ写真にサヤちゃんはどんな反応を見せてくれるだろうか。
きっと…………。
あまりの可愛さに真矢に惚れ直してしまうに違いない。
サヤちゃんが嬉しそうに真矢の写真を眺めるところを、早く見てみたいものだ。
《終》
ともだちにシェアしよう!