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番外編:温泉に行こう!-2

温泉に行くって話だったから、すぐに入るんだろうと思ってた。 けど、真矢とこんな風に町を歩いて、眺めを楽しんで、ソフトクリームを食べて……。 スゲェ、楽しい。 これぞ、デートって感じだ。 真矢と街で買い物デートとかならするし、まあ、映画デートもあったかな。 でも、今日に比べたら、買い物デートとかは日常の延長って感じだ。 もちろん二人でいるだけで楽しいけど、特別(スペシャル)感が全然違う。 そもそも、真矢は買い物デートをデートだとは思ってなさそうだしな……。 家族で温泉街とか歩いてもダルいだけだったし、デートで神社とかに行ってるカップルとか見て、何が楽しいんだかなんて思ってたけど……なんか、わかった気がする。 やっぱ特別な人と、いつもと違うとこに出かけるっていうのはそれだけで楽しい。 ……てか、特別な人…とか、ちょっと恥ずかしーけど。 この浮かれテンションで、これから真矢と二人で温泉とか……マジやばい。 真矢イチオシの温泉があるって場所に連れてきてもらった。 すげぇムンムンと温泉の匂いがする。腐った卵みたいとかいうヤツもいるけど、オレはゆで卵のニオイっぽくて好きだ。 ここに来るまで温泉街を歩きながら「硫黄成分が濃くて…」とか「なれない人は湯疲れするからあまり長く入らない方がいいんだ」とか、いろいろ教えてくれた。 『家族湯』とか書いてる看板がいっぱいあって、ちょっと坂になってるからどこの温泉からも眺めが良さそうだった。 真矢が坂をのぼるのについて行くと、その先にはなんかちょっと他より高そうな温泉。 でも金額とかはちゃんと調べてくれてるはずだし、大丈夫……かな? なんて考えながら歩いていたら、あっさりソコをスルー。 あ、やっぱ、そうか。ちょっと大人っぽい感じだもんな。 あそこじゃさすがに気後れする。 とか思ってたら、急に曲がって……。 え?なに? これ、どっかの倉庫じゃね?コンクリートで四角くて。 あ、でも、洗面器持ってる人が結構いる……。 「ここ、料金決まってないから、適当にお金この箱の中に入れて」 「は?」 「50円じゃあんまりだから、100円くらいかな」 「100円??」 オレの動揺を他所に、真矢は置いているカンにお金を入れてさっさと入口に向かった。 倉庫みたいな外観にお似合いの、愛想の無いアルミっぽい銀色の扉。 そしてその先は……。 まじか……。 何の仕切りもなく、何段か階段があるだけで、いきなり温泉だった。 えー…………。 すげぇ、おっさんばっかり。 てか、脱衣所ねぇし……。 と思っていたら、真矢が壁に取り付けられた木のロッカーに荷物を入れて、こちらを振り返った。 「サヤちゃん、早く扉しめないと、外から温泉の中が丸見え」 「あっ!? あ、ゴメン!」 焦って、扉を閉めて真矢の元に行くと、さっさと服を脱ぎ始めてしまった。 え……やっぱ、ここで脱ぐのか? 脱ぐとこ、温泉に入ってる人に見られるんだけど。 つか、ロッカーって言っても扉も無いし、ただ仕切られてるだけで荷物も脱いだ服も丸見えだ。 「どうした?」 まごついてるオレを真矢が不思議そうな目で見てる。 どうした?……じゃ、ねぇよ。 いつもオレがチョット肌を出し気味な格好してるだけでスゲエ気にするくせに、知らないおっさんの前で服脱ぐの催促するって……なんでなんだよっっっ!! とりあえず、心を無にして服を脱いで、タオルで股間を隠して真矢の側にいったけど……あれ……普通、ちっちゃい壁に仕切られた、水道とシャワーのついたカラダ洗うスペースがあるはずなのに…普通の水道が壁についてるだけ。 どうすればいいんだ?? 「サヤちゃんどうして入らなんだ?」 すでに湯船で足を伸ばしてる暢気な真矢に聞かれる。 「シャワーないからカラダ洗うのどうすりゃいいんだ?」 「え?普通に掛け湯して入ればいいだけだよ?」 きょとんとした顔で言われたけど……。 ああ……なんか知らないジィさんが英語で話しかけてきた……。 それを聞いて真矢がふっと笑って、 「サヤちゃん、湯船から湯を取るか、そこに小さいコンクリの浴槽があるだろ?そこから湯を取って、しゃがんで身体にかけて」 あ……俺がおどおどしすぎだから、このジィさんにどっかアジアの外国人と間違われたのか……。 ようやく身体を洗って温泉にはいった。 なんか、つかれた。 手足のばし放題の温泉は気持ちいいけど、コンクリートの建物が、おどろおどろしくてちょっと怖い。 窓も湯気を逃がすために開いてるだけみたいで、風景どころか、目隠しのトタンしか見えない。 カポーン。 さっきから、嘘みたいに抜けのいい音がしてる。 まるでテレビの効果音みたいだ。 あ〜あ。 この温泉に来て、おどおどしてた数分の間にたまってしまった疲れが取れていく。 はぁ、それにしても、やっぱ温泉は熱いな。 真矢はよくあんな平気な顔して長々つかってられる。 目が合ったら、ふっと微笑まれた。 う、赤く染まった笑顔が可愛い……。 けど、こんなトコで真矢の顔に見とれるなんて、恥ずかしくってできない。 「ちょっと、今日はぬる過ぎだよな」 「……………え?」 聞き間違えか? 今、ぬるいって言った?? 「気温や天気なんかで温度が変わってくるのかな?」 「あ……そういう……こともあるのかな?」 真矢が満足げに笑って、顎までつかった。 気持ち良さそうだ。 こういう表情なら見ても気まずくはならない。 しかも、真矢の顔を見てたら、いつまででも湯につかってられそうだ。 でも、そんなの気のせい。 オレ、もう限界だ。 さっと上がると真矢がオレをチラリと見た。 「ああ、ついつい浸かりすぎてしまう。反復入浴しないとな」 ……はんぷく? よくわからないけど、真矢は一旦出て、頭を洗って、また入って、浴槽の縁にこしかけてぼーっとしてる。 「真矢、でる?」 「え?もう?今日ぬるいし、あんまり入ってないみたいだったけど、ちゃんと温まれた?」 「……お、おう」 ぜんっぜん、ぬるくないぞ……。 「ああ、サヤちゃんは温泉に慣れてないから、湯疲れするよな。うん、早めに上がった方がいいか」 そう言って、オレに合わせるように真矢も温泉から上がった。 汗ばんだ身体にTシャツが張り付いて気持ちが悪い。 けど、さっと吹く風が気持ちいいから『気持ちいい』の方が勝ってるかな? はぁ。 坂の上から見下ろすと、風情ある温泉宿の街並みと、遠くに少し海も見える。 うん。すげぇ気持ちいい。 でも、やっぱ思ってたのとなんか違う。 真矢の温泉のチョイスはガチすぎだ。 純粋に、温泉としては良いのかも知れないけど。 ここって多分、何回か温泉巡りして、ちょっと泉質にこだわりたい……みたいな人が行くところだろ。 これは温泉デートって言うより「温泉+デート」だな。 あの倉庫みたいな温泉から少し歩いて、カフェに入った。 デートモード再始動だ。 アイスコーヒーを飲んでダラっとしてたら、だんだん身体が重くなってきた。 これが『湯疲れ』ってやつなのか。 身体の強ばりが取れたせいで、力が抜けて身体が重く感じたり、血流が良くなりすぎてクラクラしたり、人によって色々あるらしい。 カフェのテーブルにデロンと腕をのばして伏せるオレを真矢がニコニコ見てる。 まるで家で二人でいる時みたいな、リラックスした無邪気な笑顔だ。 多分、オレ、まだ顔が火照ってるんだろうな。 真矢が手を伸ばして軽く頬をちょいちょい……と、さわってくる。 なんか、その手に甘えたくなる。 ちろっと真矢の顔を見たら、キュッと目を細められた。 あー……。 ……間違いない。 今オレたちラブオーラ全開だ。 オーラなんか見えないけど、それでもピンクのオーラに包まれてるのがわかる。 うう……真矢がまた頬を手でスリスリ。 きもちいい。 カフェは個室じゃないけど、しっかり仕切りされてるし、角席だからちょっとくらいならイチャイチャしても大丈夫だよな。 「真矢……もっと」 頬をなでる真矢の手にチュッとキスをした。 もっと頬なでて。なんて甘えた催促。 の、つもりだったのに。 チュ……。 濡れた髪にキスをされた。 えっ!? 真矢?な、何考えてっ……いや、嬉しいけどっっっっっ。 ビックリして顔をあげたら……。 ちゅ…ちゅ……。 鼻先と唇に立て続けに軽くキスをされた。 う………。 ビックリと、恥ずかしいと、嬉しいと、色んな感情が交じってどうリアクションしていいのかわかんねぇ。 ドキキュンなニヤケ顔を誤摩化すように顔をしかめて、ピクピクと口の端を引きつらせるオレの頭を、よしよしって感じで真矢の手がなでた。 「こんなとこで……チュウとか」 モゴモゴと言うと、 「嫌だった?」 なんて聞いてくる。 でも真矢の表情は『サヤちゃん、嬉しいって顔に書いてるよ』って言ってる。 ああ……もう。 オレの気持ちなんかどうせ真矢にはバレバレなんだ。 「…………………………真矢…もっと」 我慢できずに甘えた声で言ってしまった。 真矢はさっと周りを確認してから……。 ちゅ…ちゅ……。 オレの頬をなでながら、舌先で唇をなぞるくらいしっかりとしたキスをした。 ううっっ…。 これはっっっあ…あふ……。ン…ヤバイ。 ぎ…ぎりぎり……声は我慢した。 「サヤちゃん、あんな誘うような声で『もっと』なんてねだった割に、すごい照れてる?顔が真っ赤だ」 「さ、さすがにコレは、やりすぎだ」 「俺に言わせれば、おねだりするサヤちゃんの表情の方がやり過ぎだ。これくらい、我慢した方だよ」 「なんだそれっっ」 なんて言いつつも、真矢の手に甘えるように指を絡めた。 「ほら、サヤちゃんは…もう……」 不満げにぶつくさ言いながらも、真矢の顔はニコニコだ。 そのまましばらく互いの手を弄び続けた。 軽くキュッと握られるだけで、心にパチンと小さな幸せが弾ける。 はぁ…温泉のチョイスはかなりガチ過ぎたけど、それでも……すげぇ幸せ。 最初っからああいった温泉に行くってわかってんだったら、あのガチ感だって楽しめただろうし。 それに、オレのしっぽり温泉妄想は…ちょっと……膨らみすぎてた。 ああいうのは、旅館の温泉付きの部屋を取れるようになってから……かな。

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