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番外編:温泉に行こう!-3

またバスに乗って移動。 一日でこんなにバスに乗る事もそうそうない。 これもなんか新鮮だ。 近くの温泉地に来てるだけなのに、真矢と二人で旅行してる気分になる。 夕方近い時間だからもう駅まで戻るのかと思ったら、降りた場所はちょっと大きめなホテルだった。 オレの妄想では、温泉のあとラブホだったけど、さすがにここに真矢が部屋取ってるんじゃ……なんておめでたい勘違いはしない。 「三湯目はここ」 「え?」 「眺めがいいから、今の時間帯がいいんじゃないかって思ったんだ。少し料金は高めだけど」 また入るのか?とか、足湯を一湯目にカウントするのか……とか、いろいろ疑問はあったけど、真矢に肩を押されてとにかく中に入った。 ホテルのロビーにビビるオレなんかおかまいなしに、温泉に連れて行かれる。 料金はちょっと高いと言っていたけど……800円。って、うーん。ホテルなら安いんじゃね? よくわからない。 さっきはテキトーに100円入れとけみたいな感じだったからな。 そしてやっぱり二人きりの貸切湯じゃなかった。 ……まあ、わかってたけどな。 大きく『男』って書いたのれんをくぐると、ちゃんと脱衣所があってロッカーにカギもある。 って、それが当たり前だよな? 二回目なんで、躊躇なく服脱いで、すぐ浴室にいってかけ湯。 ファーストインパクトが強すぎたから、かなり鍛えられた気がする。 「ここの展望露天にサヤちゃんを連れてきたかったんだ」 そう言って、内湯には入らずに、そのまま露天風呂に続くガラスのドアを開けた。 真矢に続いてドアを通り抜けて……。 「うわ……」 思わず声が出てた。 かなり広めの露天風呂からは、海と山と市街地と……オレが住んでる隣の市まで見渡せる。 土地勘がないから、こんな眺めのいい高台に来てたなんて気付かなかった。 すぐに露天風呂に入って、端ギリギリまで行ってみた。 露天風呂っていうか、もう野外だ。 高さ20メートルはありそうな崖から風呂の端まで2メートルくらい。手すりも柵もあるけど、高所恐怖症のヤツは端には寄れないだろうな。 「いい眺めだろ?」 「うん」 子供みたいに無邪気な返事を真矢に返してた。 「よかった。今日は、空もいい色だ」 言われて目をやれば、夕方の空は青に黄色、オレンジや紫、場所によって色が違う。 夕日に照らされた街のいろんなとこから、沢山の白い湯けむりも立ちのぼってた。 「すげ……キレー」 手すりにつかまって、身を乗り出すように眺めるオレを真矢が嬉しそうに眺めてる。 「オレ、空の色をぼーっと見てるだけで、何時間でも入ってられそうだ」 「ああ、露天は湯の温度が低いからね」 いや、そういう意味じゃない……と思ったけど、確かにずっと入っていられそうな温度だ。 真矢と並んで、温泉のフチに肘を乗せ、もたれかかってぼーっと風景を眺めてた。 たまにちらっと視線をやると、真矢もオレを見てくれる。 温泉で心の中まで暖まったみたいだ。 さっきまで広い露天風呂にはちらほら人がいたのに、気付くと真矢と二人っきりになってた。 そこそこ時間が経ってたらしい。 空もだいぶ紫に紺がかって、露天風呂にも少しづつ明かりが灯り始めた。 「そろそろ上がろうか」 そう言われて、すぐに返事ができなかった。 もうちょっとだけ。五分でいい。 湯の中で真矢の手をキュッと握った。 真矢は目をぱちくりとさせた。 そして、湯からそっとオレの手を引き上げ、そのままチュッと手の甲にキスをした。 ちょっと驚いた。 ……いや、ちょっとしか驚かなかった。 多分無意識のうちに、真矢の甘い態度を期待してたんだろう。 真矢がすっと周りに視線をやった。 それだけで…………。 真矢の顔が近づく。 軽く唇を触れさせ、ちょっと見つめ合ってから、また……キス。 ドキドキはしたけど、不思議とイヤラシい気持ちにはならなかった。 幸せな気分で二度、三度とキスをして、軽く抱き合ってから同時に離れた。 目が合うと、ちょっとイタズラな表情で二人笑った。 「上がる?」 「ああ、さすがにのぼせる」 脱衣所で、一緒に着替えていると、真矢が妙に手間取っていた。 「……どうした?」 「あ……と、メガネが……上に置いてたはずなんだけど、ひっくり返してしまって、まぎれた」 その後すぐに見つかったようでホッとしたようにメガネをかけた。 そうか、風呂に入ってる間、真矢が妙に色っぽく見えてたのは、単純に火照ってるからってだけじゃなくて、メガネをかけてなかったからか。 ………ん? あれ、さっき……キスの前に周り見渡してたの……なんだったんだ。 見えてないんだよな。 しかも……この風景を見せたかったって……真矢はよく見えてないんじゃ? なんだかちょっと謎が生じてしまったけど、すげぇ綺麗な景色と、ちょっぴり甘い時間にすっかり身も心も暖まった。 また、いつかいっしょに来れたらいいな。 そんな事を思いながら、ほっこりした気持ちでホテルを後にした。 ◇ 露天風呂のあったホテルから駅までの道を、サヤちゃんとふたり歩いた。 ちょっと距離はあるけど、人通りの少ない道をのんびり歩きたかった。 夕闇に沈みかける道を歩きながら、サヤちゃんがすっと俺の手を取った。 横にいるサヤちゃんを見上げると、前を向いたままにぎにぎと手で俺に合図を寄越す。 ……可愛い。 それに俺もキュッキュと握り返す。 すると、サヤちゃんの口の端がニヘッと上がった。 ……可愛いすぎる。 今日の事を振り返り、会話をするだけですごく幸せだ。 駅が近づくと、満足げな空気の中どちらからともなく手を放した。 念のため時刻表を確認して、サヤちゃんの分のきっぷを買う。 今日はここでお別れだ。 俺はサヤちゃんとは別の路線で、この時間だと俺の乗る列車の出発の方が早い。 けど、サヤちゃんを駅に一人残して先に帰る気にはなれなかった。 俺は次の列車に乗る事にして、ホームまで一緒に行き、サヤちゃんの電車を待った。 通常なら混雑する時間だけど、土曜日だからかなり人が少ない。 ふう……と、サヤちゃんが音をたてないように小さくため息をついた。 そして、俺のシャツの二の腕部分をクッと掴む。 「帰らないとダメだよな」 少し低めの声でサヤちゃんが言った。 「真矢が乗るのはもう少し後のヤツなんだろ?それ、二人で待とう?」 「サヤちゃんを見送りたくて、次の列車にしたのに、それじゃ意味が無い」 「いいって。それ、最終なんだろ?それまで、一緒にいよ。……てか、最終が早過ぎんだよ」 寂しそうな顔だ。 ずっと楽しかったのに、最後にこんな顔をされるとつらい。 「あ、一緒にさオレの駅までいったら、もっと遅い時間に真矢の乗るヤツあったりとか……」 「逆だよ。こっちの方が最終が遅いんだ」 電車の到着予告のベルが鳴った。 「…じゃ…じゃ…。朝までファミレスとかで……」 「無理だよ、サヤちゃん疲れてるだろ?」 「オレは平気。」 「ごめん、俺は朝までは難しいよ」 「じゃ、じゃ……」 もう、電車が来てしまった。 ドアが開いて乗客が降りてくる。 俺はサヤちゃんが乗り遅れないように、背中をそっと押した。 けど、サヤちゃんは俺のシャツの袖を放さなかった。 「じゃあさ、ウチに泊まれよ」 そう言って、グイッと引かれる。 不意打ちで引かれた勢いで、俺はサヤちゃんより先に電車に乗ってしまっていた。 「あ、ごめ……わり……降りれば、間に合うから。あ、あ、まだ、ドア開いてる」 自分で引き入れたくせに、サヤちゃんが慌てている。 俺は思わず笑ってしまっていた。 サヤちゃんの胸を、こつんと拳で叩く。 「……今日、泊めてくれるんだろ?」 プシューと音がして、ドアが閉まった。 「……あ、いいのか?」 「いいも何も、泊めてもらえないと困る」 「そ、そうだな。ゴメン、ほんと、オレ、あんな……」 「本当だよ。もう絶対駄目だからな?」 「うん、ゴメン」 しゅんとした顔のサヤちゃんも可愛い。 「サヤちゃん、本当にわかってる?駆け込み乗車は危ないんだから、本当に駄目だからな?」 「え?駆け込み乗車?」 「他の人にぶつかったりしたら、危ないだろ?」 「あ……そうだな。ゴメン」 ゴメンゴメンを連発するサヤちゃんの背中をぽんぽんと軽く叩いた。 「晩ご飯、どうする?」 「あ……っと、今日は一人だからテキトーにチャーハンでも作ろうかなって思ってたけど、どうする?何か食べに行く?」 「いや、チャーハンいいね。一緒につくろう?」 「え、真矢、料理できるのか?」 「ん?もちろん出来ないよ」 「なんだそれ。なんでそんな自信たっぷりなんだよ」 「キッチンに立つサヤちゃんの姿を見るの、楽しみだ」 ニッと笑うと、何故かサヤちゃんが顔を赤くして、口をぱくぱくとさせている。 また、なにか想像でも膨らませてしまったんだろうか。 「料理そんな上手くないからな」 「俺が手伝ったら、さらに不味くなっちゃうな」 二人目を合わせてプッと笑った。 「不味かったら、不味かったで、それも楽しんじゃね?」 「ああ、そうだな」 乗車時間は10分ちょっと。 電車を降りると、駅前の人通りの多い夜道をサヤちゃんの家へと歩いた。 人通りが少なくなると、すぐにサヤちゃんが手つないできた。 可愛い。 けど、こんな街中で手をつなぐなんて初めてじゃないか? 温泉観光の余韻で、甘えたい気分が我慢できなくなっているのかもしれない。 ……遠足は家に帰り着くまでが遠足だよ……という言葉を思い出した。 けど、今日はサヤちゃんの家に着いても、まだ楽しい時間は終わりそうにない。 とはいえ、電車に揺られている間、だんだん疲れが出てきたらしく、サヤちゃんはとろんと眠そうな顔をしていた。 ……この様子だと、サヤちゃんの家でイチャイチャしててもベッドに入ったら最後、睡魔に勝てずにすぐに眠ってしまうだろうな。 ま、俺も疲れてるから、先に眠ってしまったサヤちゃんを眺めて悶々とすることはないだろう。 今日のこの流れなら、のんびりまったりいちゃいちゃするだけで充分だ。 ◇ うう〜っ。 今日はすげぇ楽しかった。 つーか、今も楽しいっっ!! 今日、かぁちゃん帰ってくるのかなぁ……。 遅くなるだろうけど、帰ってくるよな。 カレシんとこ泊まるとか言い出さねーかな。 無理だろうな……。 真矢が泊まるって伝えといた方がいいかな。 ……真矢に会いたいとか言って逆に早く帰ってきちまうかも。 はっきりと、真矢がいるから、帰ってくるのゆっくりめでって伝えといた方がいいか。 そしたら日付変わるくらいの時間まで、イチャイチャできるはずだ。 はぁ……お泊まり楽しみだ。 これから、ウチ帰って、いっしょにメシ作って……その後間違いなく、イチャイチャだよな。 はふぅ……いっしょにメシ作るって、なんか……なんか……。 いいなぁ。 料理作れないってことは、真矢のちょっと不器用なトコとか見れるんだろうか。 エプロンとか……普段使わないけど、真矢に着けてもらったりして。 なんか、ちょっと、新婚さんみたいだ。 『ご飯にする?お風呂にする?それとも俺?』 真矢のイケメンボイスで想像したけど、何か違和感しかないな……。 あれ?なんでだ?どこがおかしいんだ? 新婚さんっつったら、やっぱ、レトロなカンジでハダカエプロンか。 ………。 ウチにある男らしいブルーストライプのエプロンで想像するから違和感があるのか? やっぱ、フリフリなエプロンで真矢……。 …………………。 なんだろな。違和感が。 オレの想像のどこが間違ってるんだ? 新婚さんの定番だろ。っかしーな〜〜〜? 「真矢、新婚さんの定番シュチュエーションって何だと思う?」 「……新居の片付け?」 「っえーーーー。ないわ、それはない!」 「でも、しないと生活できないだろ?」 「いや、そういうことじゃなくて」 「初夜?」 「っうぉ……いや、まぁそんなトコ?」 「新婚旅行先のスウィートルームでサービスでバラの花びらを散らしたベッドで甘い一夜をっていうやつか?」 「い、いや、そこまで……つか、真矢そういうの好きなのか?」 ちょっと意外だ。 「別に。サヤちゃんが好きそうかなって。あと、夜景を見ながら……」 「なに?」 「いや、ちょっと往来で言える内容じゃなかった」 「な、なんだよ……」 「………別に?」 うっ、なんかすげぇ色っぽい顔。 「きょ、今日できたりする……?」 「無理かな?サヤちゃん声が大きいから、可愛い声がご近所さんにまる聞こえになっちゃうぞ?」 「そんなことっ…。いや、まぁ…たしかに…ちょっと…困る」 なーんとなく雰囲気はわかった。 窓際で……いや、もしかしたらベランダとかでイチャイチャ、アンアン……みたいな? それだったら、確かにムリだ。 でも、でも、チュウくらいなら……できるかもっっ。 ……チュウでも声でちゃうからな……オレ。 いや、でも、今日カフェでしたチュウくらいなら……。 はぁ…なんか、スゲェドキドキしてきた。 チュウだったら何回もしてるのに、場所が違うだけであんなにドキドキするんだな。 ……なんて思ってたら、真矢が急に立ち止まった。 なになに? と思っていたら、クッと腕を引かれて、電信柱の影で……。 ちゅ…ちゅ…ちゅ…。 優しくくすぐるようなキスを三つ落として、トドメのように真矢の甘い吐息がふっと唇をくすぐっていった。 「サヤちゃん、行こ?」 ……行こ?……じゃねぇよ。 ドキドキしてるところにキスをされて、腰が抜けるかと思った。 「サヤちゃん、涙目になってる?」 「だ、誰のせいだよ」 「何かエッチな妄想してた、サヤちゃんのせいかな?」 「し……てないっ。」 ああ、もう、真矢はどこまでもオレをドキドキとさせる。 こんな頭クラクラの状態だったら、家に帰ってフツーにイチャイチャしただけで、オレ、メチャクチャになっちゃうかも。 真矢に、メロメロになり過ぎだとか、ちょっとイジワルなこと言われそうだ。 ……それでもいっか。 ずーっと楽しくてラブラブだった最高の温泉デートの締めくくりとして……。 早く真矢に、メロメロのトロトロにされてしまいたいんだ! 《終》

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