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12-ちゅ…?[み、耳が熱いっっ]
学校で桐田と話すことはまずない。
最近は前ほど桐田の視線がオレに絡むこともない。
オレが授業中に一方的に見ることはある。
あいつは廊下側の比較的前の席。
オレは窓側の後方。
あいつの視線がオレに向くことはない。
けど、たまにこちらを振り返る。
あいつが教科書を朗読や読み上げさせられた後だ。
オレがあいつを見てるのか確認するような視線。
オレはサッと視線をそらす。
けど、全然誤摩化せてない。
あいつはちょっと嬉しそうな顔をする。
オレはほおづえをついて自分の顔を隠す。
気まずいような浮き立つような。
二人だけの秘密を共有するような。
とにかくちょっと落ち着かなくなる。
なんだかこんなのガラじゃねぇ。
毎日のように桐田と通話していたけど、ここ三日ほど話していない。
夜、出歩いてる。
外では他の友だちと一緒だから桐田と通話は出来ねぇ。
あいつだってそれは分かってる。
それでも『サヤちゃんと話せなくて残念』なんてメッセージを送ってくる。
別に何があったわけじゃねぇ。
でも、あれから何となく気まずいんだ。
自分がなんか変になったみたいな気がする。
けど、話さなきゃ話さないで落ち着かない。
声を聞きたくてしょうがない。……と、認めるのもなんか癪だ。
けど……。
「んだよー。聖夜 、超不機嫌だな」
「んぁ?別に不機嫌じゃねぇよ」
ちょっとイライラして友だちに当たってしまうこともある。
なんだこれ。まるで禁断症状だ。
「わりぃな聖夜、今晩は遊べねーよ。用事あるんだって」
「フー太も今日はダメとかいって、付き合いワリィな」
「今までずっと聖夜が付き合い悪かったクセに。なんだよオンナに振られたか?」
「振られてねぇ」
それ以前につき合ってねぇ。
ちら……と教室を見渡す。
桐田の姿はない。
オレが今夜フリーだってことはバレてない。
今日は……通話できてしまう……。
たったこれだけのことでドキドキする。
どうしよう。
昼休みにメシを喰った後、ふらりと廊下に出た。
何となく一人になりたかった。
なんだかんだでいつも誰かが一緒で、あまり一人になることはない。
だから一人になれる場所もよくわからない。
自然と屋上手前の階段の踊り場に来ていた。
桐田と初めてまともに話をした場所。
階段に座り横の壁にもたれて天井を見上げる。
「はぁ……」
自然とため息が出た。
腕を組んで目をつむる。
なんだか悶々とするけどその正体がつかめない。
桐田と話したいけど話したくない。
どうしよう。
今日、通話できるかメッセージがきたら、どう答えよう。
話……したい。
けど、なんか歯止めがきかなくなりそうだ。
下の階からはザワザワという声とパタパタという足音が遠く聞こえる。
その遠さのせいで、この世界から隔離されてしてしまったみたいな気分になった。
「どーすっかなぁ……」
自分の声がクワンと反響する。
下の音は聞こえるけど、ここで声を出しても下には案外聞こえない。
反響する声がちょっと心地よかった。
目をつぶったまま、またつぶやく。
「どーしよっかなぁー」
ちょっと甘めな声を出してみた。
やっぱり反響が気持ちいいかも。
そのとき近くで足音が聞こえた。
「どうしたの?」
気配にぱっと目を開いたのと、耳元で声が聞こえたのが同時だった。
顔のすぐ横に眼鏡をかけた桐田の顔がある。
ち……近い。
いや、なんでここに桐田が。
「可愛い声出しちゃって。なにかあった?」
また、耳元で声を発する。
い……息が耳に当たってるよっっっ!
顔が赤くなりそうだ。
平常心を保とうと努力はするけど、心臓は勝手にバクバクいってしまってる。
「おま……なんでここに……」
「校内だし、別にいておかしくないだろ?」
そう……言われればそうだけど。
てか、耳元で話すのヤメろ。
吐息の感触とか、夜に思い出しちまうかもしれねぇじゃねぇか。
「で、なにかあったのか?」
「別に」
「何もないわけない。最近ちょっとイライラしてるし。一人でいる事自体珍しいし」
まっすぐな目で顔を覗き込まれる。
オレはつい不機嫌顔になってしまった。けど、頬は熱い。
それにしても桐田、意外にオレのことを見てくれてるんだな……。
って……“見てくれてる”ってなんだ。
別に見て欲しいとか思ってねぇ。
「なんでもねぇって。桐田には関係ない」
「関係ない……か。あ、もしかして、新しいゲームのことで何か悩んでるのか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
桐田が言っているのは、オレが今声をやらせてもらってる微エロなBLゲームのことだ。
R18ではないけど、あんまりやったことのないようなキャラだったので、ちょっと難しい……と、こいつに漏らしていた。
「俺で良ければ練習つきあうよ?」
「え?今?」
「ははっ。今はシナリオがないだろ?今晩連絡するからセリフ聴かせてよ」
「うー。でもっっ……」
眉根を寄せてちょっと悩む。
そんなオレに桐田はバッと片手で口元を押さえた。
「うっ……かわっ……」
「……?」
いぶかしげな顔で桐田を見上げる。きっと睨みつけるような顔になってるはずだ。
「れ……連絡するから……また、夜にな!」
桐田の声は微妙に震えていた。
……オレの目つきにビビってんのか?
いや、それより……。
「まって……やっぱイヤだ。恥ずかしいし」
まだ下手だし、変なキャラだ。この段階で桐田に聴かせたくなかった。
立ち去ろうとしていた桐田が振り返って顔をしかめた。
そして、オレの耳元にグッと顔を寄せる。
「もう、あんまり学校で可愛い声出すなよ。俺、たまんなくなる。今夜、またサヤちゃんの色っぽい声、いっぱい聴かせてくれよ。な?」
ちゅ……。
っと、聞こえた。
桐田は手を振って去っていく。
オレは囁かれた耳を押さえて呆然としていた。
耳になんか、暖かな感触が……。
ちゅ……。
って……。
えっ?
今、ちゅっ……って?
オレは座り込んだまま、昼休みが終わるまで、そこから動くことができなかった。
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