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13-うにゅぅぅぅ[乱高下だよっ]

夜、オレはベッドに寝転んで天上を見上げていた。 顔の横にはスマホ。PC画面ではシナリオを開いている。 イヤだなんて言ったくせに、桐田からの連絡をメチャメチャ待ってしまってる……。 アレは何だ! と、怒鳴ってやるつもりだ。 『何って……もちろんキスだよ』 頭の中に、何を分かりきったことをとでも言うような口ぶりの桐田の声が聞こえる。 いや、そういうことを言いたいんじゃない。 なんであんなことを……。 オレが睨むような目で桐田を見たら、声震わせてたじゃねぇか。 なのになんでその後すぐにあんな……。 いや、まぁ……たしかに甘えたような声は出してしまっていた。 桐田がオレにビビってんのかも?なんて思ったら……なんか……つい。 はぁあああ。あいつもあいつなら、オレもオレだな。 感化されてる。 間違いなくBLゲームに毒されて……ネット声優とかも若気の至り……とかいうやつに含まれちまうかもしんねぇのに、さらにオレはどこに至ってしまうつもりだ。 至っちゃいけねぇ。 至ってしまって…いたしてしまったり……。 っ……。 いや。 いやいやいやいや。 誰がだ。 誰とだ。 なんでだ。 ないないないない。 必死で否定しながらも、自分の想像にものすごく動揺していた。 そのとき、着信音が。 「……っっぁあっ!?」 動揺したままの勢いで応答する。 「こんばんわっ!」 「……こんばんは。随分元気だね。何かいいことあった?」 「ん。別にない。着信にビックリしたから声が大きくなっただけ」 「そっか」 ……それだけ……な、はずなんだけど。 おかしい。 なんかオレ、いつもよりさらに甘えた声になってる。 なんでだ。 そしてそのまま、今依頼を受けてるゲームのセリフを桐田に聴かせることになった。 全年齢対象の微エロなBLだけど、オレのやるキャラはその中でも特にコメディキャラというか、エロボケ担当の変態だ。 主人公に強気で突っかかっていくけどドM。 本編では引っ掻き回すだけで、主人公には全然相手にされない。でも、全キャラクリアした後のボーナスとしてストーリがある。 ボーナスなので、話は短め。 そしてオレのセリフも、本編、ボーナスあわせても少なめだ。 クドイキャラなので、イメージのままにやると、しつこくてウザイ。 オレの嫌いなタイプの演技になってしまう。 かといってナチュラルにやりすぎるとキャラのクドさが減りすぎて、ただ下手なだけに聞こえる。 「サヤちゃん、このセリフは前半と後半でトーンを変えたらどうかな?」 「……ああ、入りがハイテンションで、最後ちょっとおさえてとか?」 「うん、そう」 「たしかに、そうすればしつこすぎないかもしれない」 桐田のアドバイスでセリフがどんどん出来上がっていく。 すげぇ、楽しい。 セリフ聴かせてって言われた時は、こんなの全然想像してなかった。 同じ趣味の仲間と一緒にやるのって、こんな楽しいのか。 桐田の助言通りにしただけで、セリフがめちゃめちゃ良くなってすげぇ驚かされる。 電話越しの練習が楽しすぎて、オレはすっかり時間を忘れてしまってた。 「続きはまた明日な」 「ん!また明日!ありがとっ。オヤスミっっ!」 「うっは。もーう。サヤちゃん可愛すぎだって。おやすみ。ちゅ……」 …ちゅ……。って。 また、 ちゅって……。 「ううううーーー」 スマホを放り投げ、枕に顔を埋めて唸る。 なんなんだ桐田。 お前はキス魔か。 てか、結局あの耳へのチュウに関しても何も言えなかった。 …………いや、まあ、そんな気にすることじゃない。 電話越しのキスなんかで、オレがこんなにドキドキする必要はない。 単なるノリでやっただけのおフザケだ。 耳へのチュウだって、あんな子供のいたずら……。 オレはフー太みてーな夢見る童貞じゃねぇんだ。 エロくてディープなキスでもしたんならともかく、あんな『ちゅっ』くらいで……。 ………ディープな……。 はぁ……何考えてる。 ああ、もう考えるなオレ。 桐田は『リアル』なんだから。 駄目だ。 考えるな。 唇がじゅんと痺れて唾液が溢れてくる。 枕にそっと口づける。 けど、そのくらいじゃ治まらない。 結局その晩も、桐田にもらったアノ音声を聞きながら、一人でヤッてしまった。しかも後ろに指を突っ込んで。 夢中だった。 だから、そのとき桐田の名を呼びながら喘いでるってことも……ほんと、自覚してなかったんだ。 ◇ 電話で一緒に練習した次の晩、桐田のアドバイスをふまえて録音をした。 でもちょっと気になることが出てきたので、今晩はまた桐田にセリフの練習につき合ってもらっている。 もう、ホントに楽しい。 だからうっかり口を滑らせてしまった。 「あーあ。電話越しじゃなくって、一緒に練習できたらいいのに」 電話の向こうで桐田が息を呑むのがわかった。 「……んまあ、平日は無理かな」 このおさえたトーン……。嫌がってるのか残念がってるのか判断がつかない。 「ん。そうだよな。いい。忘れて」 「あ、いや、でも土日なら……」 「無理。土日はオレが都合悪いから」 「…そうか……」 ウソだ。 土日は母ちゃんが家にいることが比較的多いから、オレは出かけちまうのが当たり前になってるけど、別に用事があるわけじゃないし、都合が悪いなんてこともない。 ただ、最初に断られたのがショックだった。 桐田がはじめから『土日ならいいよ』と言ってくれたらまた違ったかもしれない。 桐田の代替え案を自分で断ったくせに胸がキュっと苦しくなる。 けど、ふて腐れてると思われたくなくて、努めて明るい声を出した。 はじめは無理して明るくしてたけど、二人でする練習は最高に楽しくて、結局すぐに気分上昇だ。 練習終わりに、 『やっぱ、土日一緒に練習しよ?』 なんてねだるように言いたくなってしまう。 なんなんだオレ。 乙女か。 いや、ちがう。 きっと今やってるキャラに感化されてるんだ。 本編では強気で主人公につっかかってからかったりする。そして蹴飛ばされたりして『あひん!』なんてあえぐおちゃらけドMキャラだ。 ボーナスでは『どうせ俺のこと好きなんだろ』と言って強引に自分のモノにしようとする主人公に、イヤだイヤだと言いながら、冷たくされると甘えまくる天の邪鬼なドMキャラの本性が出てくる。 だから、遠回しにかまって欲しがったり、愛して欲しがったり、そんなシーンとセリフが多い。 ……うん。 そうだ。 やっぱり、単に感化されてるだけだ。 『オレのこと……放っとくなよ!』 今日は練習であいつにそんなセリフばっか言ったから……。 「直接会うのは難しいけど、せめてビデオ通話にする?」 桐田がそんな事を言いだした。 それを聞いてハッとした。 何勘違いしてたんだオレ……。 桐田はオレが甘えた声を発しても可愛い可愛いと言ってくれるが、それはあくまで電話越しだからだ。 ヤンキーと間違われるくらいキツいこの顔で『やっぱ、土日一緒に練習しよ?』なんて甘えた声出してるとこを見て、桐田が『可愛い!』なんて思えるはずがない。 「話しながらけっこう部屋の中ウロウロしたりするし、ビデオ通話は無理かな」 それっぽい理由を付けて断った。 「残念。サヤちゃんがどんな顔してエッチなセリフ言ってるのか見て見たかったのに」 「バーカ。見せないよっ!」 努めて明るく、ふざけた調子で言ったけど、なぜか泣きそうな気分だった。

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