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16-ふぇぇん[なんで?????]
学校では、極力桐田を視界に入れないようにしている。
平常心を保つためだ。
たとえ横目にでも桐田を見ながら話して、うっかりかわい子ぶった声を出してしまったらと思うと怖い。
かわりに自分の部屋で話してる時に見れるよう、こっそり写真でも撮れないか……なんて考えたけど、桐田はオレのスマホを勝手にいじった前科がある。
怖くてできない。
本人に許可をもらえば撮らせてくれるだろうが……『写真撮らせて』なんて言うのは乙女な感じで恥ずかしい。
同じ理由で送ってもらうのも却下だ。
授業に集中している顔を盗み見るのがせいぜい。
あごのラインはしっかりとして男らしいけど、鼻がちょっと可愛いので、全体的な印象はあまり男臭くはない。
切れ長の目がすっきりしていて、清潔感があって、落ち着いている。
口は薄くスッとした印象だけど、けっこう大きいので比率として薄く見えるだけのようだ。
よくよく見てみると、ふっくらしていて……あの口からあの声が出るんだって思うと……すごいエロく見えてくる。
……口だ。
やっぱり口がいけない。
桐田の顔を見ると、目と口でやられる。
あんな真面目な顔して。
オレにエロい事ばっかやらせて……。
最近いつも通話終わりに桐田がちゅ……と電話越しにキスをしてくれる。
……実際の感触を確かめたくってしょうがなくなる。
だめだ。
物欲しげな目で見るな。
こないだ、通話しながら桐田とシテて、つい『ちゅうしてっ』なんて口走ってしまってた。
“ちゅう”っなんだ。
しかも、そんなものねだったところで……。
くそっ。
他のところはともかく、唇は簡単にふれられそうな気がしてしまうからいけねぇ。
前にあいつがふざけて耳元に『ちゅ…』とかするから。
それに、なんかここ数日、執拗に恥ずかしいコトを言わされる。
ヤラシイことってわけじゃないけど、桐田に甘えるような事とか、求めるような事とか、そういうことを言うように誘導される。
そうするとなんか、だんだんオレもたまらなくなってきて……。
もう……桐田で頭がいっぱいだ。
一人悶々としていると、フー太にまとわりついていたカズが、急にオレに絡み始めた。
今は急な自習時間だ。
教師が何故かカニの甲羅で腕を派手に切ったらしい。傷を縫ってもらいに病院に行ってる。
ウチの学校じゃ、自習でも騒がしくなるような事はない。
けど、まぁオレの周りの奴らは邪魔にならない程度に声をひそめてクスクスやってた。
特にカズは数日前に彼女と別れたばかりで、人恋しいのかフー太やオレに絡みまくってた。
前に彼女と別れた時もこんなだったらしいけど、オレは全然覚えてなかった。
隙さえあればフー太の首に腕回してくっついてる。
フー太がいなきゃ今度はオレの腹に手を回してくる。
ちょっとウザい。
けどフー太は全く気にしていないようだ。
机に向かうオレの膝に強引に乗ってくる。
「なに、ボーっとして。わかんねぇとこがあれば教えてやろうかぁ?」
調子のいい事を言ってるが、オレとカズは同レベルだ。
フー太は意外に成績がいい。教えてもらうなら、断然フー太だ。
「邪魔だ、どけ」
「冷たい事言うなよー。足開けよ。そしたら前に座れんだろ」
なんでお前と一緒に座らなきゃいけねーんだ。そう思うけど、ベタベタモードのカズは簡単には聞き入れない。周りに気を使い声をひそめてなんだかんだやりとりするのも面倒だ。
「狭い。もうちょっと足開けよ」
「何でだよ」
「いいだろー。もうちょっと足開いたら、俺、入るから」
声をひそめてはいるが、ちょっと周りの空気が冷たい気がする。
「あー、もうしょうがねぇなぁ」
足をずらして座らせた。
「うっす!」
好きにさせて、黙らせるつもりだった。
けど。
「うるさい」
通りのいい声が、教室の空気を凍りつかせる。
声がしたほうを見なくても、オレには誰だかわかった。
ビクついたカズがオレにしがみつく。
「あー悪りぃ、一応ボリューム気をつけてたんだけど……」
取り繕って言うカズに、桐田が冷たい視線を送る。
「自分の席に帰れ」
基本無言の桐田の滅多にない強い口調に、カズだけじゃなく、クラス全体がビビっていた。
それでもカズは
「何でオメェに言われなきゃいけないんだよ」
なんて小さくブチブチいいながら自分の席に戻っていった。
あ、もしかして。
オレが迷惑がってるのに気づいて、代わりに言ってくれたのか?
ちょっと脳内お花畑気分で桐田に視線をやった。
ほんの一瞬、甘く視線が絡んで……。
そんな期待と妄想を蹴散らす冷たい視線を桐田はオレに向けていた。
◇
落ち着かない。
なんか……不安でぞわぞわする。
昼休みにメシを喰いながら友だちとぎゃぁぎゃぁ騒いでるフリしながらも、桐田の冷たい視線が脳裏をよぎる。
まあ……自習中にそこまでうるさくないとはいえ、ガタガタやってたのは確かだ。
けど、だからといってあんな……。
『コイツらしょうがないなぁ』程度の視線ならわかるけど、ほんと冷たくて……オレ、桐田に嫌われてんじゃねぇかって……。
桐田にとってやっぱ『有家川 』と 『可愛いサヤちゃん』は別物ってことなんだろうか。
そう考えるだけでも、ちょっと泣きたい気分になる。
こんなことでしょんぼりしてる自分に、乙女か!と、突っ込んでみても女々しい気分から脱却できない。
カズは、まだダラダラとメシを喰ってるトモジにまとわりついている。
喰いにくそうだ。
フー太は一人陽気にしゃべり続けてる。
オレは悶々とした気持ちと一緒に食後のガムを吐き出した。
そしてフー太の話にぎゃはぎゃはと笑って桐田のことを頭から追い出す。
そんなとき、教室のざわめきに混じってオレを呼ぶ声が耳に飛び込んできた。
良く通る声。ざわめきに混じって他の奴らが聞き取れなくても、オレが聞き間違えることはない。
はっとして視線をやると、指だけでちょいちょい……とオレを呼んで桐田が教室から出て行った。
オレを呼ぶ桐田は無表情だった。
心がざわつく。
居ても立ってもいられず、みんなに適当に声をかけ桐田の後を追っていく。
学校でこんな風に呼ばれるなんて初めてだ。
さっきのこともある。
……不安でしょうがない。
振り向きもせずに桐田が向かったのは、社会科準備室だった。
六帖程度の狭い部屋に鍵のかかった棚がいくつかと、貸し出し用の書棚、プリントが入ったラック、長テーブルなんかがある。
資料を見るなら生徒の立ち入りは自由。
こういう部屋があるってのは知ってたけど、足を踏み入れたことはなかった。
何か調べものでもないかぎり立ち入る生徒はいないだろう。
オレが部屋に入ると桐田は後ろ手にドアを閉めた。
所在なく戸棚なんかを眺めてると、グッと間合いをつめられ、そのまま制服の胸元をつかまれ壁際に追いやられた。
じっと目を見つめられ、ゆっくりと桐田が口を開く。
「サヤちゃん、俺、自分でも気が長い方だとは思ってるけどさ、やっぱ限界があるんだ」
オレの顔の横の壁に手をついて言う桐田は怒りをこらえているように見えた。
突然のことすぎて、オレはわけが分からない。
思い当たることと言えば今日の自習でちょっと騒いでしまったことくらいしか無いわけで、けど、たったアレだけのことでここまで桐田が怒るとは思えない。
「な…に?なんで怒ってる?」
動揺に声が裏返る。
「……ちょっと可愛い声出せば俺が引くとでも思ってる?」
オレは小さく首を振る。そもそも全く状況が分からない。
桐田がくっと顔を寄せた。
怒った冷たい顔だ。
なのにオレはその距離にドキドキしてしまう。
とっさに避けるように顎を引いて、軽く壁に頭を打ち付けてしまった。
それでも桐田の顔は止まらず、頭をぶつけた反動でうつむいたオレの口の端に桐田の歯が当たる。
「つっっ」
痛みに口元を手で覆う。
しかし、その手を桐田の手が掴み、離され、そのままふんわりとした唇の感触に覆われた。
「……!」
ちゅ……と軽い音がした後、ぶつけたところを舐められた。
オレは信じられない気持ちで桐田を見つめる。
けど、動揺して視点が定まらない。
桐田は少し目元が赤くなっているようだった。
けどそれでも怒ったような表情のまま、オレをじっと見ていた。
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