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17-うっううぅ[どうしたらいいか、わかんないんだって]
わけが分からない。
怒っている桐田にキスをされた。
こんな状況でもオレは桐田とのキスに心が沸き立ち、しかしその怒りを含んだ表情に不安になってしかたがない。
「……な……に?なんで?」
さっきも同じことを言った。けど、怒らせ、キスされ、より状況が分からなくなっただけだ。
「本当にわからないのか?そんなわけないよな?俺、ずっとサヤちゃんが好きだって言ってる」
嬉しいはずの言葉なのに、ぶつけられている感情は怒りだ。
たしかに前から好きって言われてるけど、アレはSAYAにであって、つまりファンだってことだろ?
そうは思っても、やっぱり『好き』という言葉にまた心が沸き立ってしまって、さらに混乱が増す。
「なのに『嘘くさいから好きだって言うな』なんて……。わざと俺の言葉を信じずに、俺のこと翻弄して。ここ最近だって……」
オレを強く壁に押し付けて、怒りを込めた目で睨みつけてくる。
「牟田 とイチャイチャ……。さっきだってあんな!俺の反応試してるのか?それとも俺のことなんか眼中に無い?」
牟田……カズのことだ。たしかに最近やたらとベタベタ絡まれてはいるけど……。
「イチャイチャなんて……」
「してるだろ!」
「あ…あれは、カズが最近彼女と別れて……」
「なに?彼女と別れたら、サヤちゃんと……?」
「ちがっ…んなわけねー」
桐田の発想がよくわからない。なんでオレとカズが……。
「俺が連絡すれば可愛い声出して、やらしい要求にはノリノリで応えるくせに。通話でどんなに親密になったって、二人で会おうともしなきゃ、俺の方を見ようともしないよな」
「そんな……」
「牟田や沢木とは平日でもしょっちゅう会って、しかも土日もいつも一緒に遊んでんだろ?なのに、俺には会えない?せめて毎日話したいけど、せいぜい週三、四回くらいしか連絡させてもらえないしな」
「ちが……ちがう」
たしかに、会う回数や連絡のペースなんかは桐田の言う通りだけど、カズやフー太を優先させてるってわけじゃない。むしろ桐田にハマりすぎないようにカズやフー太と一緒にいるんだ。
「何が違うんだよ。俺がサヤちゃんのこと大好きだから、どんなにつれなくしたって離れていかないって思ってるんだろ?直接会わなくったって、ちょっとエロい声聴かせてやればバカみたいに喜んで、好き好き言って……」
桐田の言うことに頭が追いついていかない。
「牟田達が話してるサヤちゃんの彼女……アレ『SAYA』のことを誤摩化すための作り話だと思ってたけど、本当にオンナもいるの?だから俺とは会えないのか?」
「いない!いないよ」
「……」
驚いて否定するオレを見る桐田の目は疑わしげだ。
「牟田達と会っていつも何してるんだ」
「なにって……別に」
「もしあいつらが、サヤちゃんと俺がしょっちゅう通話してるって知って『何話してるんだ?』って聞いてきたら、そのときもきっと『なにって……別に』って答えるんだろうな」
「そっ、それは……しょうがないだろ」
さすがにあいつらに本当のことを話すわけにはいかねぇ。
桐田がくっと眉根を寄せ、耐えるような表情をした。
「サヤちゃんが好きだからって、なんでも我慢できるわけじゃない。あんな…見せつけられて……。俺にも限界がある。このままはもう無理だ。サヤちゃんを諦めたくはない。けど……」
そこまで言って、一端言葉を切った。言おうとした言葉を飲み込むように。
切なげな顔で俺を見つめる。
その視線を受けるおれの顔には、きっと戸惑いに加え、怯えもにじんでいるに違いない。
桐田の言うことが全く理解できない。
我慢って何を我慢してるんだ?
見せつけるとか意味が分からない。
限界?もう無理って……そんなヤだよ。
諦めるって……なんでだ。
このまま桐田が離れてったら……そう思うだけで……怖い。
無言で桐田がまた唇を寄せる。
それをオレはただじっと受け止めた。
柔らかくそっとふれる感触に、混乱とときめきが同じ強さで沸き上がる。
離れていくのが惜しくて、唇を追いかけてしまいそうになった。
こんな状況なのに、桐田に甘えようとしている自分が、まったくおめでたくて情けない。
「ごめん……しばらく連絡しないから」
オレの頬をなで、桐田が言った。
そしてそのままオレを残し、桐田は部屋を出て行ってしまった。
壁にもたれ、ずるずると座り込む。
桐田にふれられた唇と頬に、その感触を惜しむように指をはわす。
一方的にぶつけられた桐田の感情に、脳内の処理が追いつかない。
とにかく、オレが桐田には会えないとか言いながら他のヤツらと遊んで、そのくせ電話では桐田に甘えまくってるのを怒ってる……っぽい?
甘えるくせに、会わない。会わないクセに甘える。
しかも、オレの断り文句は「恥ずかしい」とか、多分桐田には意味不明な理由だ。そのせいで桐田の我慢の限界を突破してしまった……んだろう。
けど……。
カズ?イチャイチャってなんだ?なんでそこに怒ってるのかわからない。
それに好きって……言ってたけど、無理だろ。
あんな言い方でそんな、本気でオレのこと好きだとか思えるわけがない。
翻弄してって、桐田の『好き』に翻弄されてたのは完全にオレの方だろう?
……ていうか……。好き……なのか?
桐田が?オレを?
リアルなオレを?
そう思うだけで、心臓がバクついて頭はショート。何も考えられなくなる。
頭を抱えた。
とにかく……桐田は『SAYA』だけじゃなくって、オレ自身のことも好きでいてくれる可能性が非常に高い。
オレも……それは……その……。すごく嬉しい。
だ、大歓迎だ。
けど、桐田はめちゃくちゃ怒ってる。
なんか、もう離れて行っちまいそうだ。
それは困る。
泣きそうになるくらい、困る。
でも『しばらく連絡しない』……ってことは、まだ連絡してくれる気があるってことだ……。
……とにかく謝って許してもらおう。
それしかない。
とにかく、謝って、謝って、謝り倒して機嫌なおしてもらうしかない。
◇
その日の放課後は、桐田がさっさと帰ってしまい、謝ることが出来なかった。
連絡は来ないって分かってても、家でもずーっとスマホを手放せないオレがいた。
本当は一人になった社会科準備室で、ちょっと期待していた。
桐田が戻ってきてくれて『サヤちゃん、不安にさせて、ごめん』そう言いながら肩を抱いてくれたりするんじゃないかって。
けど、そんな少女漫画展開にはならなかった。
ベッドに寝転び、何度も何度も、唇にふれるだけの優しいキスを思い出す。
まるで別れのキスみたいだった。
切なくて、泣きそうになる。
声を、聞きたい。
ゲームや録音じゃなく、温かく耳に直接注ぎ込むような電話越しの桐田の声を。
桐田のあんな楽しげに弾んだ声は、学校じゃ一度だって聞いたことがない。
鳴らないスマホに語りかける。
なあ……。
いつもみたいに『サヤちゃんの声、本当に大好きだ』って言ってくれよ。
いざ鳴っても、今のオレにはどうでもいいメッセージばかり。
余計な期待をするのが嫌になって電源を切ってしまった。
◇
次の朝、すぐに桐田の席に行って謝った。
「桐田、ごめん!オレ……」
「何が……『ごめん』?何を謝ってるんだ?」
「え…だから、昨日の……」
「昨日の何に対して、どう思って、どういう意味で謝ってるんだ」
「え…………」
またまた頭が真っ白になった。
そんなオレに桐田が不快そうな視線を投げる。
「その、桐田にヤな思いさせてごめん」
「それで?」
「え?それでって?」
困惑するオレに、桐田が深いため息をついた。
それっきり、こっちを見ようともしない。
しょうがなしにオレはずごすごと自分の席についた。
「なに、桐田となんかあったのか?」
フー太に聞かれる。
「ん、ま、ちょっとな」
そんな風に誤摩化しているオレを見て、桐田はまた不快に思うんだろうか。
何をどう言っても裏目に出てしまいそうで不安になる。
そして授業間の休み時間、廊下を一人で歩く桐田をつかまえて謝る。
けど、また「で、何について謝ってるんだ?」と冷たく言われてオレは撃沈してしまった。
その日一日だけで何度も撃沈させられ、夜はスマホを手放せず、次の日もオレのごめん攻撃は二度ほど撃沈されてしまった。
「なぁ、桐田となんでケンカしてんの?」
さすがに心が折れかけてた時に、心配げなフー太に聞かれた。
いつもふざけてるけど、コイツはけっこう優しいとこがある、友だち思いのいい奴だ。
オレは隠しようのないくらいしょんぼり顔をさらした。
けど、いくらフー太でも桐田とのことを話すわけにはいかない。
「ま、ちょっと……な」
よしよしというようにフー太がオレの頭をなでる。
たったそれだけで、ちょっと救われた気がした。
ふざけた風に顔を歪め、大丈夫アピールをしてみる。
フー太がへへっっと笑う。
オレもフンっと笑う。
桐田が許してくれるまで、粘り強く謝りつづけよう。
フー太のおかげでちょっと前向きになれた。
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