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18-しょぼーん…[オレの心臓は空気を読まない]
教室移動は桐田が一人になりやすい。
謝罪のチャンスだ。
フー太に慰められ、まだ前向きなうちに再度謝罪アタックをかまさないと、また心が折れてしまうかもしれない。
フー太やカズ、トモジたちと廊下を行きながら、一歩後ろで視線をめぐらせていると、スッっと背筋の伸びた姿を見つけた。
さりげなくみんなから離れて、一人歩く桐田に近づく。
すぐ近くに階段下のデッドスペースがあり、使わない椅子なんかが置かれている。
オレはちょっと強引に桐田を、そこに連れていった。
「あ…あの……」
今、オレ、すげぇ情けない顔になっちまってるんだろうな。
「……何」
目もあわさずに桐田が言う。
用件はわかっているくせに。
そうは思うけど、オレも必死だ。
「ごめん……。その許してくれないか……な」
『……何を』
また、冷たく言われるんだろうと思った。
ガン!
壁を蹴りつけた桐田に、胸を押されて壁に縫い止められた。
いきなりの事にオレはフリーズだ。
「許すって何がだよ!俺の目の前で牟田 や沢木とイチャイチャするけど許してってことか」
こんな反応は想像していなかった。
「サヤちゃん、とにかく謝って俺のご機嫌取ればどうにかなるって思ってるだろ」
「………」
だって、それ以外どうすればいいかわからない。
しかも、桐田の目の前でカズやフー太とイチャイチャした覚えなんかない。
なんでそんなこと言われるのかわからない。
急にキレた桐田に竦 んでいると、顔が近づいてきて、そっとキスをされた。
キレてるのに、優しくキスをされて、また大混乱だ。
そして、オレの心臓は空気も読まずにドキドキとし始める。
「なんで、避 けないんだ?」
「え?」
「避けようと思えば、避けられただろ。大人しくキスさせとけば、丸くおさまるんじゃないかって思った?」
「そんな……」
続きの言葉が出てこない。
避けようなんて発想はなかったし、桐田からのキスを避けたいなんて思うはずない。
「きりたぁ……もう、オレ……どうしたらいいか、わかんないんだって」
「そうやって、可愛い声出せば、俺がほだされるって思ってる?たしかに、可愛いよ。この場で押さえつけて全身にキスしたいくらい可愛い。サヤちゃんが散々俺をあおったんだろ?俺だっていつまでも我慢して、何もせず、人畜無害なオモチャでいられるわけじゃない」
欲情がにじんだ目で、キツイ言葉を投げかけられる。
桐田のことをからかってオモチャにしたつもりなんかない。むしろ、オレの方がいいように桐田の手のひらで転がされてるって思ってた。
オレのこと、たまらなく好きだって言ってるように聞こえるのに、なんでこんなに責められてるんだろう……。
「きりた……オレのこと……好き?」
「だっ……からっっ!好きだってずっと言ってるだろ!」
つい、疑問がそのまま口に出てしまっていた。
さすがに自分でも無神経だと思うその言葉に、桐田が顔を引きつらせてブチ切れた。
殴りたいのを我慢するように手を震わせる。
ハァッと息をひとつ吐いて、オレをぐっと睨みつけると、桐田はなにも言わずに立ち去ってしまった。
また、あの社会科準備室での再現みたいになってしまった。
壁にもたれて頭をかかえる。
桐田は、やっぱりオレを好きでいてくれてるんだよな。
……オレだって……。
なのになんで……こんな……どうしたら……。
オレたちのことと、カズやフー太は関係ないはずだろう?
なんか、ずっと同じことばっか考えてる気がする。
「授業……行きたくねぇ……」
一端考えることを放棄し、オレは力なくその場に座り込んだ。
◇
放課後、オレはフー太と二人、ファーストフード店にいた。
家にいたら、かかってこない電話にジリジリするばかりだからな。
フー太は『えびバーガー超ウメェ』とかいいながら、季節限定のからあげバーガーを喰ってる。
くだらない話をしながら笑っていると、ヤなことを全部忘れられる気がする。
ふと、フー太が気づかうような視線をよこした。
「聖夜、また桐田となんかあった?」
意外な言葉に、ビクンと肩を震わせてしまった。
ここまであからさまな反応を示して、今さら誤摩化すのは無理だろう。
「ま……ちょっと。でもなんで?」
「そりゃ、移動教室の最中に聖夜がいきなりどっか行ってそのまま授業出ねぇし、桐田は超不機嫌だし。なんか、今日は俺までにらまれた」
「え?そうなのか?」
フー太にまでとばっちりが行ってるとは思わなかった。
「桐田に何したんだよ。普段冷静なあいつがあんな怒るなんてよっぽどだろ?」
そう言われて少し落ち込む。
「よっぽどなんだろうなとは思うけど、もう、どうやったら許してくれんのか、わかんねぇんだよ」
「だから、何やったんだよ」
「それは……その……ちょっと勘違いっていうか、行き違いっていうか」
「具体的には?」
「具体的……にはちょっと言えないけど。まあ、桐田はオレに対して非常に……好意的……というかそんなカンジなんだけど、オレがなんか誤解?させたみたいで。で、カズが今オンナにフラれてやたらベタベタしてくるだろ?一つ気に喰わなくなるとああいうのも全部気に喰わなくなる……のかな?多分。で、なんか怒ってる」
「なんか痴話げんかみてぇだな。で、その誤解ってなんだよ」
「あー、ちょっと土日に会おうかみたいなこと言ってて。でも、オレが断り続けてて。でも、フー太とかカズとかとは会ってるだろ?だから……怒ってるのか……な?」
「なんかはっきりしねーな。で、なんで断ってんの?」
「それは……その(心の)準備とかがあんだよ」
「んじゃ、そう言えばいいんじゃね?つか、ちゃんと言わねー聖夜が悪いんじゃねぇか。そのせいで俺達まで桐田に恨まれ始めてんのかよ。ああいうインテリタイプはバカの一つ覚えで謝ったって意味がねぇんだよ。ちゃんと理由説明して分かってもらわねーと」
……フー太が意外にマトモっぽいことを言う。けど……。
「なんて言えばいいのかわかんね」
「はぁ?そのまま言えばいいだろ?桐田と会えないのは別に桐田をないがしろにしてるんじゃなくって、まだ準備がいるからなんだろ?」
「お、おう」
「んじゃ、そう言えよ。ま、俺だったら『遊んでねぇで準備しろよ』と思うだろうけどな」
「あ……まぁ……そう……だな」
準備……。
ずっと二人きりになるのに躊躇してたけど、このままもう話してもらえなくなるくらいなら……。
はぁ……。
二人きりで会うだけで、桐田が今まで通りオレに接してくれるって言うなら、本当、今すぐ飛んで行きたいくらいだ。
……家しらねぇけど。
「けど、聖夜が桐田とそんな仲良かったなんて知らなかった」
「あー……まぁ、学校とは関係のない趣味みたいなとこでつながったから」
「へぇ!どんな趣味?」
「それはっっ……。まぁ、桐田の都合もあるしっっ?オレが勝手に言ったら駄目だろ」
「わはっ聖夜がマトモなこと言ってるよ!」
それはオレのセリフだ。
「ちゃんと仲直りしろよ?」
「オレだってっ……仲直りしてぇよ」
「だはっ!なに甘えた声出してんだよ」
「……っ!わりぃかよ!」
「桐田も案外そんな感じで、甘えた声で謝ったら許してくれんじゃね?」
「……いやー。それは……めっちゃキレられた」
「うっっわ桐田きびしー!つか、おまえやってみたのかよ」
「別に、たまたまそんな言い方になっただけだ」
「桐田の連絡先とか知ってんだったら、すぐコールしてちゃんと話したら?早く仲直りした方がいいって。俺のためにもそうしてくれ」
「……出てくれなかったらヤダ」
「ヤダじゃねぇ。甘えんなっつってキレられたんじぇねぇのか」
「……別に甘えんなとは言われてねーけど」
「もー、こんなとこでダベってねぇで、とっとと連絡しろ。んで、もし和解に失敗したらまた相談に乗ってやるから」
フー太、いつもバカばっか言ってたけど、実はこんなに頼りになるヤツだったんだな。
オレはフー太の言葉に背中を押され、今夜桐田に連絡することを決めた。
家と、学校と、趣味しかない、オレのちっぽけな世界の中じゃ、桐田の存在は本当にデカイ。
もし桐田に見捨てられたら……。
いろんな感情が一緒くたになって、オレの心臓をキュッと締め付ける。
桐田に考えてることを上手く伝えられるか自信はないけど、誤解を一個一個解いて、前みたいに……。
このまま離れてしまうのだけは、絶対に、絶対に、絶対に嫌なんだ。
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