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19-んふっっ![ギスギスとデロデロとそしてゴロゴロ]
怖い。
あとは指一本画面にくっつけるだけなのに、もう10分くらいスマホをみつめて動き出せないでいる。
けど、あまり遅い時間になると迷惑になる。
自分で決めた時間制限いっぱいだ。
桐田が連絡をくれる時は、先にメッセージが入る。
でも、オレは怖くてそれができなかった。
メッセージの段階で断られたら、ダメージがでか過ぎる。
それに桐田が出てくれなくても、たまたま気付かなかっただけ……なんて言い訳ができる。
時計の針は、自分が決めた時間を一分オーバーしてしまった。
桐田の方からかけてきてくれねぇかな……。
そんなありえない望みをかけての一分だった。
ドキドキしながら指を画面にふれさせる。
心臓が痛い。
呼び出しの間、少しづつ心を落ち着けようとするのに、どんどん緊張が増していく。
っっっ……出た。
……けど、無言だ。
「もしもし……」
妙に媚びた声を出してしまった。
「んっゔん。もしもし?」
ちょっと喉を鳴らして、意識して低い声をだす。
「……サヤちゃん。サヤちゃんのほうから連絡くれるの初めてだな」
感情をおさえたような桐田の声が聞こえる。
初めて……そうだっただろうか……。
いや、そうだ。いつだってオレはドキドキしながら、時にはワクワクしながら桐田からの連絡をまっていた。
「あの……」
「なんの用?」
声が重なる。
桐田のおさえた声に、心がくじけそうだ。
「その……ちゃんと話したくて。桐田、誤解してるみたいだから」
「誤解って?」
「その……だから……まず、桐田に土日会えないとか言ってるのに、フー太とかカズとかと出かけてて……ゴメン。でも、それはその……。オレがちょっと、いろいろ考えすぎてたせいで。だから、桐田よりフー太たちを優先させたとかじゃないから」
「いろいろ考えすぎてたって何?」
少し不機嫌そうな声で桐田が言う。
「それは……色々」
「……何だよそれ。誤解だって言っときながら、誤解を解く気は全然ないんだな」
「いや…それは……」
不機嫌さが増した桐田の声に焦る。
すがるような、そんな声音になってしまったのはしょうがないだろう。
可愛い声で誤摩化してると思われないように、低い声を出そうとしたけど、桐田相手だとそれは無理そうだ。
どうしても甘えるような、媚びるような響きが混じってしまう。
「ちがう……その……だから……ホントだから」
「ホントってなにが?」
「だから………会えない理由。『恥ずかしいから』っていう……アレ」
「は?」
「だからっっ……その、ガラじゃないってのわかってるけど、桐田と二人で会うとか……恥ずかしい。だから、心の準備が必要なんだよ」
「………」
電話越しの気配だけで桐田がすごく戸惑ってるのが分かる。
「俺とは、二人で会いたくないってこと?」
固い声だ。
「ちがう!会いたいよ。会いたい!」
「じゃ、なんで……」
「だから、言葉通りだって。色々考えちゃうんだよ。イメージと違うって思われたらどうしよう……とか」
「イメージって……。サヤちゃんはその時々で印象が変わるのがいいんだ。特定のイメージに縛られることなんかないよ」
……それは役の話だろう??
そうじゃなくって……。
「がっかりされたくない」
「がっかりって……。するわけないよ。サヤちゃんはいつも俺の予想を超えてくる」
「だから……その、桐田がオレのことそんなふうに持ち上げてくれるから、余計にがっかりされたくないんだって」
やっぱり桐田は『SAYA』としてオレを見てる。けど、本当のオレはこんなで……。
「俺のせい?」
「あ……いや、別に桐田のせいじゃ……。ちがう。やっぱそんな見栄はるオレが悪いんだけど。でも……だから…オレだって……桐田に嫌われたくないんだよ」
「………」
桐田がゆっくり息を吸い込む音が聞こえた。
「嫌いになんて、なるわけない。必要ならいくらだってそれを証明するよ」
オレの心に刻みつけるように桐田がゆっくりと言った。
桐田の言葉には力がある。
さっきまで突き放され、辛くてたまらなかったのに、この言葉だけで、桐田の心がぐっと近づいて、まるで強く抱きしめられているような、そんな感覚になった。
「サヤちゃん……会いたい」
「……いま?」
「今……会えるの?」
「あ……いや、今は無理」
「じゃ、いつなら会える?二人きりで」
「……土曜……なら」
「土曜……明後日だね」
「あ……」
何となく答えてしまったその日の近さに驚く。
『嫌いになんて、なるわけない』ってことの『証明』に会うってことは、つまりは……まあ、ソウイウコトだよな?
その……だからオレと……ソウイウコトを……。
「やっぱり、俺と二人きりで会うのは嫌?」
「いや、その、嫌じゃない。会いたい」
オレの『会いたい』に桐田がふっと優しく笑った。
「じゃ、土曜日に」
「ん……。土曜日に」
優しくて、甘い桐田の低い声。
やっと以前のように穏やかな空気で話せそうになってきたことに、オレは心底ほっとしていた。
「で、牟田 と沢木のことだけど」
「っ……は?カズとフー太?」
また桐田からイラっとした空気が伝わってきた。
あれっ?
今ので、仲なおりできたんじゃなかったのか?
「結局二人とはどういう関係?」
「え?は?友だちだろ」
「だから、どういう友だち?」
「フツーの……」
はぁ……。と、押し殺したため息が聞こえた。
「サヤちゃん『普通』っていうのは人それぞれ基準が違うんだ。人によってはセックスしてても友だちは友だちなんて人もいる。いわゆる『セフレ』だね」
「っっはぁぁ????おっっま、何言ってんだ!んなわけねぇだろ!」
どういう発想だ。
全く意味がわからない。
オレとカズとフー太が……セ……?
「考えられないし、考えたくもない!絶対ありえない!」
「俺からしたら普通の友達とあんなにベタベタする方がありえないよ」
……あー。確かに?
桐田がヘラヘラ笑って友達の背中に抱きついてるとこなんか、全く想像できねぇ……。
けど、カズだったらあんなの本当フツーのことだ。
その後、桐田のとんでもない疑惑を払拭するためにオレは必死になって『フツーの友だち』について語らされた。
自分が普通だって思ってることを、感覚が違うヤツに説明するって……案外難しい。
『俺には夜中ファミレスで話し込むような友だちはいないから、やっぱりサヤちゃん基準での『フツーの友だち』なんて推測するのは難しいんだよ』なんて言われながら、オレの拙い説明でもどうにか疑いを解消することはできたようだ。
桐田の認識では、オレは女にそこそこモテる上に、男に甘えるのも上手い奴で、そんなオレが夜遅くまであいつらと一緒に居るって事は『関係』を疑わない方がおかしいらしい。
なんでそうなる!と思うが、桐田はオレのあのエロい喘ぎ声は他の男との“実戦”で身につけたもんなんじゃないか……と推測していたらしい。
ありえない……。
いや、まあ、確かに喘ぎ声が上手くなるために一人で色々『実践』はしたけど。
でも『実戦』に挑んだりはしてねぇぞ。……まだな。
それに喘ぎ声の練習だって……。
知らず知らずのうちにゲームの桐田の声にハマって、桐田の声にドキドキさせられて、桐田がやったキャラの声を聞きながらアンアン言ってたんだぞ。
けど、さすがに恥ずかしくてそこまでは言えない。
誤解を解くために、友達に喘ぎ声なんか聞かせたことは一度だってないし、ゲーム音声以外でオレのあんな声を聞いたことがあるのは桐田だけだと必死で説明をした。
なのに、桐田はなかなか納得しない。
『自分に聞かせたんなら、ほかに聞かせたことのある奴がいたっておかしくないよな』って……そんなわけない!
オレがネット声優をやってることを知ってるのも、電話越しについ可愛い子ぶった声を出してしまうのも桐田にだけだ。
『桐田だけだから。桐田にしかあんな声で甘えたことないから』なんて、非常に恥ずかしいことを必死にオレはいいつのった。
けど、納得しないわりには、電話の向こうのピリピリした空気はいつのまにか消えてて、いや、むしろ甘い……。
だんだん「桐田だけだから」って何回も言わせたいがために、いつまでも納得してないフリしてるんじゃないかって気がしてきた。
いや、間違いなくそうだ。
オレも言っているうちに桐田の放つ甘い空気に酔ってしまって、頭ん中はすっかりパステルピンクに……。
ベッドの上をゴロゴロしながら
「桐田だけなんだからっ」
なんて、デロデロに甘えた口調で何回も言い続けてしまった。
そして桐田もささやかな暴露をしてくれた。
カズとフー太が名前と愛称で呼ばれてるのに、自分は『桐田』なんて名字で呼ばれてるのが気に喰わないって対抗心を燃やしてたらしい。
あんなすました顔して、実はそんなこと考えてたなんて、ちょっと可愛い。
「じゃ、二人っきりで話す時は、真矢 って呼ぶね」
オレが甘えた声をだせば、
「聖夜 と真矢 って、ちょっと似てて嬉しかったんだ」
なんて……桐田がさらに可愛いことを言う。
はぁ……。また幸せな時が戻ってきそうだ。
いや、以前より断然甘い……。
手を伸ばせばふれられそうなほど桐田を近くに感じる。
うー。やっぱり今夜会いたいって言えば良かった!
それじゃ、真矢……。また明日。
オヤスミ!……ちゅ!
はぁあ……リアルな真矢の唇が恋しいよっっっ!
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