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そうだ。家出しよう。二
「うぃーす。ういういうぃーっす」
急に声がして振り返ると、紙袋とボストンバックを持った絢斗くんが立っていた。
「いらっしゃいませ。いつの間に?」
「バイクで来たんだよ。晤郎からは見えてたのに、全く反応なしだぜ、あいつ」
「用は俺にではなく、紫呉にでしょ?」
塩対応の晤郎の様子に機嫌が悪くなっていく絢斗くんは、私をじろじろ見ながら笑った。
「めっちゃ色っぽくなってる。紫呉とやったの?」
「や、……言葉が下品ですね」
飽きれつつも、紙袋に入っていたお菓子を渡されて飛び上がる。
ここのクッキーは、大好きだ。いつか山のように食べたいと思っていたところだった。
「その紫呉さんなんですが、一回しか抱いてくれなかったんですがこの場合、下品に言うとなんていうんですか?」
「うーん。ヤり捨て?」
「やりすて!」
直接的過ぎる言葉だけど、妙に納得できた。
「俺が殴りこんできてやろうか?」
「いや、いいです。このクッキーがあればそれで」
食べていい?と目で尋ねると親指でグッとOKサインを貰えた。
なのでいそいそと包みを剥がす。
「あのさあ、内緒なんだけどよお」
「はい」
「今年中に色々整理して、片付いたら、破産手続きにはいるんだって。あんたの実家」
「……そ、うですか」
「うん。何年かかるか分からねえって覚悟してたんだけど、意外と早く片付いたわ。それぐらい、中身がないすっからかんの、見栄だけで息してる家だった」
お菓子の箱をあけたら、夢や希望が一杯はいっていて、俺は嬉しくなった。
なのに、可哀想に。あの家は、そんな嬉しい気持ちに二度と会えないのかもしれない。
「あんたは旦那の遺産持ってどこでも自由。いいこと尽くしだな」
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