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そうだ。家出しよう。十一
「ありがとうございます。助かります」
「ねえねえ、お兄さん、モデル?」
「何歳?」
「なんか雰囲気が、同じ人間じゃないよね」
囲まれて、一瞬固まる。
お兄さん……。
この子たちにはちゃんと男性に見えているのか。
モデルではないが、どこまでこたえるのがいいんだろう。
「えっと、何歳に見えます?」
ふふっと笑って誤魔化すと、女の子たちはまた固まった。
なので、そのまま手を振ってその場を離れた。
可愛い女の子たちにちやほやされるのは、少し気持ちがいい。
あんな可愛い女の子たちなら、私も生まれてみたいものだ。
真っすぐに歩いてチューリップの花壇のあるマンション。
女の子たちが食べていた移動販売車のアイスを食べながら、そのマンションまで向かうとすぐだった。
「やった!」
紫呉や絢斗くんを騙して、なんとか一人で来れた。
手ぶらで来てしまったので、慌ててアイスクリームの移動販売車に戻って色とりどりのアイスを八個買って、マンションの目の前に立った。
レンガ作りの三階建てのマンションで、一階のチューリプ畑の隣に、いろんな形のポストが並んでいる。ポストに書かれている文字は英語ばかりで、どうやらこのマンションは外国人が多いらしい。
リンゴの形のポストは、どこに手紙を入れるのかと見ていたら、一階のドアが開いた。
「……楓さん?」
「え、あ、はい!」
ショートカットの若い女性が、おずおずと私の方へ歩いてくる。
綺麗な女性だ。お腹が大きい。妊娠しているのかもしれない。
母とはそんなに似ていないが、はかなげと言うのだろうかチューリップの隣にたたずむと、花の精と言われたら信じてしまいそうな綺麗な人だ。
真っ赤でぷっくりとした口を動かして、私に話しかける。
「さっきもっと若い声の男の子から、貴方がこっちに向ってるって言ってたから、ずっと窓から見ていたの。弥生姉さんにそっくりね。どうぞ、こちらに」
「ありがとうございます。これ、お土産です」
「あら、このアイス好きなの。嬉しい」
クスクス笑う女性は、泣きたくなりそうなほど綺麗だった。
どうしてだろう。泣きついてしまいたい衝動に駆られるほど、綺麗だった。
「貴方、こちら、姉さんの子どもの、楓さん」
ドアの向こうに、ドアより横も縦も大きな、毛むくじゃらなクマのような外国人が立っていた。
「私の夫の、英国人のジョーセス。ジョーって呼んであげて。日本語は上手くないけど分かるの」
「そうなんですね。初めまして、楓です。英語はちょっとだけ分かります」
指と指の間を少しだけ開いて、リトル、と答えるとクマさんは穏やかに微笑んでいた。
可愛らしい。昔見たアニメのトトロみたいな雰囲気だ。
「中へどうぞ。ここに来た理由を、お鍋を一緒に食べながら聞きたいわ」
優しく言われ、不思議な涙が込み上げてきたけれど、頷いてお邪魔した。
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