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そうだ。家出しよう。十六
「はい!」
「私、就職先が決まりました」
「……え?」
ハンモックから起き上がって諦めたらしい楓が、隣に座ってくる。
俺を見上げる楓からは、いつもの憂いがある影の差す色気ではなく、幸せそうな笑顔が浮かんでいる。
「ジョーさんが、日本に紅茶専門のカフェをオープンするらしいので、私は妊娠中の凛さんが落ち着くまでそこで働こうと思います」
「ええええ」
雲仙寺の跡取りの嫁で、何十億の資産を持っていて、その美貌なのに、カフェのウエイター?
「……駄目ですか?」
「駄目じゃない、けど」
「まあ紫呉さんが何を言っても私は、自分で決めます。君が私を裏で操作しても負けません」
ふいっと視線を逸らされて、悲しくなった。
太ももに置いた両手をぎゅっと力を込めて握る。
「操作されてるって楓が思ってるなら、少し悲しい。俺は誰よりもあの屋敷から楓を出したかったのに、楓に今日一日でそれだけ失望されてしまったんなら、ちょっと辛い」
「……紫呉さん」
「凛さんは良い人だよ。ジョーさんもね。でも雲仙寺みたいなくそみたいな人間は溢れてるし、雲仙寺が悪って思ってる楓は、他の悪意を知らない。だから過保護になったことだけは謝るけど、信用されてないのは辛い」
俺の日ごろの行いのせいだし、裏で雲仙寺を絶対に崩壊させてやるって気持ちもまだある。楓以外は全地獄に落ちろとも思っている。
けど、彼への気持ちだけは嘘偽りはない。
「紫呉さんが追いかけてくれるってわかってたから無茶したんです。貴方を失望はしてません。自分の存在の小ささには悲しくなったけど」
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