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未亡人と流れ落ちた紫の君。

Side:雲仙寺 楓 とても、とてつもなく長い時間を一人で過ごしていた気がします。 長い夜を、いつも震えていたように思えます。 庭の四季が嫌いでした。 桜が一番嫌いでした。愛い色に色づき、風に吹かれて庭中の地面を桃色の絨毯に染め上げます。 私のためだと植えてくれた木でした。 夏には、晤郎が文句を言いつつ毎日雑草を抜いていました。 朝顔は植えてもいないのに、毎年壁に出現します。 夜には隠れてしまうので、朝ぐらいは咲かせてあげようと抜くのは免れましたが、私は一度見咲いた瞬間を見てあげませんでした。 今年はひまわりが咲いたのですが、私の身長を追い越す大きなひまわりで、これだけは好きでした。だって紫呉さんみたいに、私を包み込んでくれるんです。 暑い日差しから守ってくれました。 秋は、枯葉が風で落ちていきます。カラカラと音を立てる乾いた音が不気味で好きじゃないです。けれど、もう今年で最後だと思うと、思い出として一つ手に取りました。 いい思い出として思い出すか、分かりません。 けれど本の中に、一枚だけ入れて持っていくことにしました。 開いたとき、私はここでの思い出を辛かったと思うでしょうか。 それとも、気にならないぐらい幸せだと胸を張って笑い話に出来るでしょうか。 冬、晤郎が手入れするのを止めた庭は、雑草が生い茂り、幽霊屋敷のようになっていました。 桜の木やイチョウの木、ひまわりの種は、欲しいという人たちに譲りましたので。寂しい庭になっていました。 ただ、壊されてしまう屋敷を、晤郎と紫呉と絢斗くんと四人で壊しまくったのは楽しかったです。 晤郎さんが車で、離れの家をぶつけてエアバッグ出してまで壊していたのには笑いました。 戻ってこない意思表示に、私もノコギリで柱を切ったら紫呉さんが『浮気は絶対しないからね』と何故か怯えていたのは面白かったです。 女性ものの色鮮やかな着物は、弥生さんの手に。 自己破産した彼女は、来年英国の方へ移住すると聞きましたので、一番似合う方へ渡しました。 というか、私は女性の知り合いがいないので彼女と、凛さんの子どもの数点贈っただけです。 「楓、明日も早いから早く寝ろよ」 庭で洗濯物を干していた私に、紫呉が慌てて飛んできて洗濯物を奪うとそう言ってきた。 「だって今日は、あの屋敷を壊したでしょ。埃臭くて」 「一緒にお風呂入ったときも頭からシャワーかけてきたもんな」 「君は、泥だらけの犬みたいでした」 「ひでえ」 洗濯物を干す彼の横で、ちょこんと座って空を見上げた。 私は正式な手続きをして雲仙寺家とのつながりは法律上は消えた。 ので、あの山を下りて紫呉と一緒に一軒家を購入してみた。 急いで土地を探して、色々と要望を取り入れて一年たたずに建てたこの家。 玄関をくぐるとき、お姫様抱っこされたのだけは恥ずかしかったけど、庭も広いし気に入っている。 一階は駐車場と庭と書庫。二階が住宅スペース。三階が凛さんたちを呼んでバーベキューできる屋上。二人の家なので部屋なんて数室あればちょうどいい。 私の横で洗濯物を干している美丈夫は、世が世なら雲仙寺家の跡取りで、世が世なら国一つを治めているお殿様だったかもしれないのに、呑気に服の皺なんて伸ばしちゃってさ。 勿体ないぐらいイイ男なんだよね。 「なんだよ。じっと見てるだけなら何か羽織れよ。庭は寒いだろ」 「そう? じゃあ君に這入りついてようかな。温かそう」 「かーえーでー」 仕事が忙しいときに、オフィスに邪魔して『実は今、ノーパンなんだよね』と挑発したり、朝起ちしてる彼を弄るだけ弄って二度寝したり、いってきますのキスを忘れた私を必死で追いかけて来たり。 週三でカフェに現れて私のウエイター姿を写真にとって部屋に飾ったり。 彼といるのは退屈しなくて、日々色んな刺激を貰えて楽しくて仕方がない。 「終わった。さっさと寝ようぜ。明日、あの屋敷にクレーン車どかブルドーザー来るから見に行かなきゃだろ」 「そうですね。帰りは晤郎さんの和食を食べにお店に行くでしょう」 「バックにやくざの絢斗がいるから、安心して飲食店経営えきていいよなあ、晤郎のやつ」 庭の窓の鍵を閉め、カーテンを閉めると彼は慣れた手つきで私の腰に手を置いて二階へ上がっていく。 二階のリビングを通過するとき、彼の名字になった婚姻届けが見えた。 落ち着いたらあれも出さなければいけない。 いつまでも未亡人未亡人とからかわれても仕方がないからね。 ベッドに二人で潜り込みながら、指を絡ませ合い口づける。 彼の言葉を借りるとしたら、私たちの幸せはまだまだ続く。

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