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一 『男が生まれたら旺、娘が生まれた桜。それでいいだろ』 父さんが決めていた名前は、どちらも採用されなかった。 紅葉の中に隠れるように。私の名前はそう意味をつけられ『楓』  旧士族で、所有している土地とその地の人々の信頼だけはあった父。けれど始めた事業の失敗により借金だけが日々増えていく。  そこに『雲仙寺』家の男が現われる。たった一代で貿易会社を創り事業は上手くいっていたが、成り上がりだと嘲笑う者も多く、息子が可哀想だと。  借金の肩代わりに、父はその息子と娘を結婚させる約束をする。  その娘が男だと両家は知っていながら互いの家を守るために『僕』は生まれた時から女として育てられていた。  隠された山の中、大きな屋敷の満開の桜の下、旦那様は僕を見て微笑んだ。  朗らかに笑い、笑うと目が無くなって優しそうな人でした。 『カエデ、桜が咲いているよ。綺麗だね』  僕が女の子だったら付けられる名前だった花。素直に綺麗だと言えなくて唇を噛む。 『ごめんね。君に辛い人生を背負わせるね』  優しく笑う彼に、僕は手を伸ばした。この人に愛されたくて手を伸ばす。 けれどその手は払いのけられた。所詮僕は、両家の道具でしかなかった。 誰からも愛されないまま生きると知った僕は、さっさと諦めて『私』としてこの家にいる。

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