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* 『旦那様……旦那様……』 ここに嫁いできたのは16歳。まだ嫁いできたばかりの私は怖い夢を見た。館を、山の木々が呑み込んでしまう怖い夢。あまりのリアルさに飛び起きて、額に浮かぶ汗を拭う。 隣に旦那様の姿がいなかった。 縁側に飛び出して、寝間着の浴衣が解けても、誰か人がいないかさ迷った。 そういえば晤郎さんが離れに泊まっているはずだ。 急いで離れに向かう。無我夢中で、流れていく視界には何も映らなかった。 『んんっ……だ、だめっ』 離れへの廊下を歩いていた私は固まる。 『お許しください……だ、だめです』 ギシギシと床が軋む音がする。離れの館はそんなに丈夫な作りではない。 ドアは締められていたが、丸い窓から中が覗けた。 布団の上で逃げようとする晤郎を旦那様が布団に上から縫い付ける。抵抗している晤郎の声も甘く、嫌がっているのにキスには応じていた。 『楓様が、可哀想です』 晤郎のすすり泣く声に、旦那様が体を起こすと晤郎が頬を叩くのが見えた。 夜の空気の中、頬を打つ音は大きく響く。 『愛してあげてください。貴方のために育てられたのに』 『……俺は今も昔も君しか要らないと伝えたはずだよ』 情愛を混じわせた甘い声。触れる指先が涙を掬うと、また口づけをし抱きしめあっていた。 それ以上は見てはいけないし、知ってはいけないと私は走ってきた縁側をふらふらと歩く。 私の身体が女性じゃないから旦那様に抱かれないと思っていた。 それならまだ諦めがついた。 晤郎さんは、雲仙寺側から申し出てきた私のお世話係で、もうずっと兄のように慕っている人だった。

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