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再会 三
「すいませーん、こっちの部屋でーす」
「うわ、駄目っす、それ、そこ雑草じゃないから、こっち、こっちから運んでください」
「えー、寿司10人前、この山まで宅配してくんないっすか。困ったなー」
縁側で本を読みながら、裏で紫呉がドタドタ歩き回って大声で指示しているのが分かった。昨日まで、まるで廃屋のような、水を打ったように静まり返っていた屋敷が、一気に賑やかになる。
たった一人、居ると居ないだけではこうも違うんだね。
「……こんな山奥に宅配なんて、できないよねえ」
「雲仙寺所縁の、割烹料理屋が山の麓にあります。其方なら、此処まで来ますよ」
「じゃあ、蕎麦ぐらい取ってあげれば? 私からではなく晤郎さんからってことで」
「かしこまりました」
流石に、あの険しい道を宅配のピザやお寿司屋が上ってくるのは忍びない。
私だって、この山に入っていく時、恐怖しかなかったもの。
段々と草木は生い茂り、深くなるのにゴールが見えない坂。
嫌だと思う。
「楓、お茶、おかわりー」
「はいはい。あ、晤郎さん居ないや。どうぞ」
縁側に置いたお盆の上で、麦茶の入ったボトルが汗を垂らしている。
それを持って、空になった紫呉のグラスに注ごうとして、大きな手に遮られた。
「いい。楓のちょうだい」
飲みかけのグラスを奪われると、一気に飲み干す。
喉仏が上下に大きく動くのを、つい観察してしまった。
「……人のものを飲むなんて、品がないですよ」
「えー、楓と間接キスしたかったんだよ、わっからないかなー」
「分かりません。飲んだので、私の分、注いでくださいね」
本の方へ視線を戻そうとすると、紫呉に奪われた。
「返しなさい」
「恋愛小説じゃないのか。何を読んでんのかなって」
奪い返して睨みつけると、両手を上げて降参ポーズを見せつけてくる。
こんなに大きくなったのに、行動は子どもっぽい。
「そういえば、お蕎麦を頼もうと晤郎さんが手配してくれてますよ」
「まじで? ピザも寿司も駄目でさ、でも引っ越し屋さん、長旅で疲れてるから、このまま帰すの申し訳ないなって」
あちーっと胸元の服を摘まんでバサバサ風を通していく。その姿が、何故か可愛い。
「ピザは少し興味あります。晤郎は和食しか作ってくれないので」
「そうだっけ? オムライス作ってくれた気がしたけど」
「……紫呉さん、私にもお茶をくださいな」
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