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再会 五

せっかく可愛いと思っていたのに、可愛い行為も大人になると違う。 大人と子供の口づけは、意味が異なる……はず。 「お蕎麦、一時間ぐらいで届くらしいですが、引っ越し作業終わるまでに届くかちょっと心配ですね」  晤郎がトラックの方を見る。引っ越し業者の手際がいいのは当たり前だけれど、トラック二台分あった荷物は大分移動が完了したらしい。 「まあ少しは休憩されるでしょうから待ってもらってもいいんじゃないですかね。私は蕎麦は別の部屋で食べます」 「では俺がご一緒に」 晤郎は、先ほどからそわそわしているのに、そんなことを言う。 本当ならば気にせずに、さっさと紫呉の手伝いをすればいいのに。 「大変そうなら手伝って来たら如何です? 私は奥に引っ込んでるので」 「楓様」 「さっさと行き」 私に気を遣う晤郎が偶に、億劫だ。 そこまで大事にされなくても、私は一人の時間しか知らないから平気だというのに。 「晤郎さん、延長コードどれ? テレビの回線と冷房のコンセントとさあ」 「ほら」 廊下まで追い出すと、渋々といった背中で紫呉の元へ駆けつけていく。  紫呉が晤郎を見つけて、ぱあっと嬉しそうな顔をしているのが見えた。 『なあ、おれの漢字、難しい』 昔、国語の漢字のテストの採点をしてくれていた晤郎に、紫呉がそう言っていた。 『紫って漢字、画数が多すぎる。10分テストの時、名前だけで時間が終わってしまう!』 『まさか。紫は素敵な名前です。君の母親が紫(ゆかり)さま、亡くなった旦那様が紫月(しづき)さま、そして流れるように貴方に残された紫という漢字。とても大事なのですよ』 あの時、紫呉はふんふんと頷いて、それからはひらがなで誤魔化すことはしなくなった。 あの時、一生懸命に晤郎の話を聞いていた紫呉が、今は背丈も追い越して、見下ろしながら晤郎の話を聞いている。 ついつい二人の様子を、感慨深げに見てしまったら、障子の向こうから顔を出した引っ越し業者の方と目が合ってしまった。 「こんにちは、お邪魔させていただいてます!」 深々と頭を下げられて、焦った。

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