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再会 六

長い廊下の向こうで、距離はある。着物だって女性ものの着物で体系を隠している、はず。 低い声は誤魔化せないけど、落ち着いて。  こちらも深々とお辞儀し、微笑んでからそそくさと部屋の中へ逃げかえった。 油断していた。自分は『女』としてここにいるが『女性』ではない。しかもそれが誰かにばれるわけにはいかないのだ。 自分の立場を忘れたわけではない。手を伸ばしても、誰にも触れられないこの存在を。 「……」 紫呉と居る日々が楽しくて忘れそうになる。いや、本当は忘れた方がいいのかもしれない。 けれど、結局は忘れられない。旦那様からも愛されず、亡くなってからもこの日々から解放されるわけでもない。  そして、後悔して共にいてくれる晤郎の荷物になっているのも。 つい、裏の庭に出て植えた花を見て歩く。椿、イチョウ、松、東屋の屋根には手入れが行き届いていない藤の花が巻き付いて垂れさがっている。  手入れは晤郎がしてくれるから、私は思い付きや、好きな花を植えていた。 「いやあ、紫呉センパイの親御さん、美人だったっすね」 「!?」 裏に逃げたのにもかかわらず、同じく裏で煙草を吸っている引っ越し業者の人がいる。 ここに入ってきていいだなんて、誰が許可したんだろう。 急いで松の木の裏に隠れた。 すると、煙草を咥えて縁側から紫呉が下りてくる。 あの子も吸うのか。 「美人だろー。俺が初めて会った時から全然歳取ってないんだからな」 「なんていうか、守ってあげたいオーラ漂う、お色気全開の未亡人って感じ。あんな綺麗なのに此処に閉じこもるって勿体ない」 「興奮しずぎ。俺の楓だからな。気安く想像して思い出すのも駄目だかんな」 「すっげ! めっちゃマザコンっすね」 「まあな」 ――マザコン。 何一つ合っていない言葉だったが、なぜか彼は嬉しそうだったのでよし?なのかな。 「そういえば、晤郎さんが蕎麦取ってくれたって」 「やった! あの忍者みたいな人っすか。素敵っすね」 「忍者!」 腹を抱えて紫呉が笑いだす。が、これには私も笑ってしまった。 確かに、忍者っぽい。手裏剣とか投げてきそう。 今どきの若者から見たら、晤郎も私も浮世離れしてるんだろうな。 あの子が連れてきた、この時間が止まったような捨てられた屋敷に、あの子が外の風を運んできてくれた。 そんな感じがする。

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