28 / 169
再会 十二
が、結局晤郎の信頼を得られなかった紫呉は、二人でお風呂に入ったようだった。
うちの風呂は温泉が湧いてるので、源泉にお湯を入れて温度を調節しながら入る。調整がうまくいかないときがあるとかで、私がここに嫁いだ時に大きなお風呂に改築工事したらしい。
多分5人ぐらいは余裕で入れる。雲仙寺の宿とかってここで小さな旅館を始めたら、穴場として人気がでるかもしれない。それぐらいにはそこそこ気持ちがいい。
「やべー。あのお風呂、肌がつるつるになる」
「紫呉さん」
まだ髪も濡れたままの姿で、声も掛けずにいきなり私の部屋に入ってきた。
晤郎の浴衣を借りたのか、がっしりした手や足首が見えている。
「なんでそんな小さな明かりで本読んでるの?」
布団の上で寝転んで、枕元の照明で読んでいたのを不思議がられた。
「その方が集中できるんです」
「ふうん。何読んでるの?」
遠慮せず布団の上に座ってきたので、起き上がってやんわり距離を取ってしまった。
人の布団を踏むのは行儀が悪いよ、と伝えるのも難しいかな。
「時間が潰せればどんな本でもいいので、タイトルも確認してませんでした。これは――」
表紙を確認しようとしていた手を掴まれ、紫呉の方へ向けられる。
「えっちなやつじゃないの」
「……たまにそんなのも混じってるかもしれません。恋愛小説には切っても切れない画面でしょうし」
「俺も、そーゆうの結構持ってる。ちょっと待ってて」
何を持ってくるのか分からないけど、待ちたくない。嬉しそうに走る紫呉の足音が、嫌な予感しかしない。
「じゃーん」
足で戸を開けて、段ボールを持ってきた。
ガムテープを開けると、そこには本やDVDが入っている。
「こ、これは」
「俺、大学は一人暮らしだから、友達が隠させてって置いてったり、女っけねえから貸してくれたりくれたり」
「……っ」
AVというものだろうか。女性の裸のパッケージに目眩がしそうになる。微笑んでいるので嫌がってはないのだろうけど、ここまで肌を見せるなんて。
「どれ見る? ってか楓って恋愛対象って男? 女?」
「か、考えたことないです。それ、……仕舞ってください。好きじゃない」
「怒ってよ」
段ボールを後ろへ押しやると、紫呉が近づいてきた。
「今の、怒ってもいいよ。選べなかった楓に意地悪してみただけ」
「……今のが? どこが?」
選べなかったということは、恋愛対象のことだろうか。
「いっつも楓は怒らないんだよな。俺、――怒られてみたい」
「怒らないわけじゃないですよ」
「そうだよな。興味ないだけだもんな、自分をこんな風にした世間に」
「……紫呉さん?」
言葉の端々に棘が含まれている。彼が何を言わんとしているのか意図が分からない。
「俺に興味を持ってほしいんだ。子どもとしてじゃなくて、俺を見て欲しい」
身を乗り出してきた紫呉に、一歩引こうとして手を掴まれる。
紫呉が反対の手で灯りのスイッチを消した。
「な、……に?」
「俺、夜中に起きてトイレに行くのが怖かったんだ。この屋敷、トイレまでの廊下が長いし、薄暗いだろ?」
「はなし、て。離して」
「でもさ、楓の部屋に小さく灯るこの光が好きだった。この屋敷で唯一、夜でも淡く光る存在の楓が好きだった」
掴んでいた手の人差し指が、着物の袖の中へ入りこみ、肌の上を這う。
もう一方の手が腰を引き寄せてきて、彼の胸の中に倒れ込んでしまいそうになった。
「俺、何年経っても頭の中、楓しかいないんだ。楓のことだけを考えていたい」
ともだちにシェアしよう!