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再会 十四

「紫呉さん、落ち着いてください。怒ってないので、そんな冗談は――」 「冗談じゃない」 土下座スタイルから顔を上げて身を乗り出してきたので、大きく体が震えた。 すると再び、額を畳みに擦りつけて私が怖がらないように距離を取る。 「俺が小さいころ、『楓ってミボウジンって言うんだろ』って聞いたら、あんたは微笑んだ。否定はしなかった。でも、未亡人って本当は、夫が死んだのに、順じて死ななくて生きてる人って意味だろ。楓はその言葉の意味を知ってても、笑ったんだろ」 ……いつの話をしてるのだろう。 はっきり言えば、毎日いろいろと質問して知識を吸収しようとしていた紫呉のことは覚えているけど、その話は覚えていない。 私には取るに足らない言葉だった。 「アンタのことは、晤郎に聞いた。家のためだけに理不尽に自由を奪われたのも。オトナになるにつれて、アンタへのあまりの理不尽さに胸糞が悪くなった。それなのに、アンタは受け入れて諦めたようにふわふわ笑って」 「――つまり何が言いたいんですか?」 昔話をしたいなら、場所を考えて欲しい。 土下座しながら昔話なんて聞かされても、困る。 「幸せになってよ。世界中で、一番幸せになって。俺が、あんたのしてほしいこと、できなかったこと全部叶える。全部、あんた好みになる。だから、カエデ。俺と恋愛しよう」 恋愛しよう。 あまりに突飛であまりに稚拙でまっすぐな言葉。 土下座されて恋愛をしようなんて言われたのは、もちろん初めての経験だった。 「……私に同情してるんですか?」 確かに人より特殊で、人より寂しい人生かもしれない。 けれど、こんな若くて未来ある紫呉に、同情して心配されるとは思わなんだ。 「同情じゃなくて、好きなんだよ。楓を思い出すと、胸がしくしく痛む。離れてる間、ずっと楓のことを思ってた」 「じゃあどうして意地悪して困らせるんです」 「好きな人の困る姿とか怒る姿とか、見てみたいじゃん」 土下座している耳が、真っ赤になっていく。 嘘ではないと思いたいけど、複雑だ。 だって私は本当に、紫呉のことを恋愛対象として見たことがなかったから。

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