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三日通うから 五

Side:楓 『辛い選択をさせてすまない』 初夜に、旦那様は私に土下座した。 『こんなに綺麗な男の子の人生を奪ってしまってすまない』 初めて優しい言葉をかけていただいた。この人になら甘えられると思った。 この人ならば、私の心の隙間を理解してくださるのだと。 だから伸ばしたのに、その手は振り払われた。 『君を抱くことはできない。抱けたら、それでお互い幸せになれるのに。抱いてあげることはどうしてもできないんだ』 はっきりと、私では駄目だと拒絶された。優しい言葉は、私を拒絶するための大きな隠れ蓑。優しく拒絶する行為は、ナイフを勢いよく刺すかゆっくり刺すか。 ただそれだけの差だ。 『俺が今も昔も欲しいのはお前だけだ』 悲しそうに、旦那様は晤郎にそういう。 その言葉に悪夢の中だと気づいて、絶望した。 それと共に、ああ、この人も被害者なんだ。 私はこの人を憎んだらいけないと悟る。 この人も好きな人と結ばれなかった被害者で、犠牲者で、私と同じ立場の人なんだ。 だから傷ついても、悲しくても、誰も憎めない。誰にも手を伸ばせない。 何も考えなくていい方法は、本を読むこと。 字をなぞること。物語の中に侵入すること。 この覚めることのない悪夢の中、自由に人を愛せる紫呉という男が現われた。 彼は、悪夢の中の希望だろうか。 誰も悪くないのに、彼を妬む自分の浅ましい心が嫌い。 誰かに責任を押し付けることで、悪夢の中、楽になりたいだけ。 自分を慕う紫呉を、ただただ羨ましい。 けれど、彼は私が手を伸ばしても絶対に振り払わないただ一人の人。 それが、私の心をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。 流れ落ちてくるのは、冷たい現実。 一睡の光の向こう、自由に笑う彼の姿。

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