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朧月夜と蒲公英 六

「私は大丈夫ですので、どうか」 「大丈夫じゃないよ!」 晤郎の服の裾を掴んでいた私の着物を、今度は紫呉が掴む。 視線が強すぎて眼を伏せると、強引に覗き込まれた。 「俺と晤郎は、楓が我慢するのが嫌なの。耐えられないの!」 「……我慢と言いますか、」 「今度声我慢したら、チューするから。声が要らないって言うなら、チューってすっから」 「ご、晤郎さん」 紫呉のとんでもない提案に、捕まえられた袖を振り払い、晤郎の後ろへ隠れた。 けれど晤郎は、フッと笑って私を振り返る。 「いい提案ですね。では、俺もキスしましょうか」 「ありえない! 絶対に嫌だ。晤郎も嫌だけど紫呉はもっと嫌だ」 「おっと、俺今、死んだ。心が死んだ」 「今日はご飯、自室で食べます。晤郎さんも紫呉さんも嫌いです」 怒られていたのは私の方だったけど、これ以上一緒に居ても、セクハラしかされそうにないので逃げた。 あのベットは嬉しかったけど、部屋にいれるのは一人じゃ無理だから紫呉に頼まないといけない。それが癪だから、絶対に私から欲しいとはいってあげない。 ……三日通うと言わず、百日通っても、私は素直になってあげない。 庭で三人の声が聞こえる。本当に紫呉が客人を縛り上げて木に括り付けようとしていた。 ほぼ花弁が落ちて、緑色に染まりつつある桜に、彼は抵抗して暴れながらも括り付けられた。 そのまま、二人は台所に消える。きっと二人で食事を作って私に謝りに来ようとしているのだろう。きっと大好物ばかり並べるのが目に見えている。 が、あまりに可哀想なので庭にこっそり降りて、彼の元へ向かった。 「てめー! 覚えてろよ! 絶対に許さねえからな!」 「……絢斗さん、でしたっけ」 「……お前」

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