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朧月夜と蒲公英 十
Side:紫呉
楓が去ってから、部屋の窓から縛られた絢斗に手を振る。
すると、さっきまでの威勢はどうしたのか、急に思い詰めたような顔をした。
赤く染まっていた空が、すっかり流れ落ちて夜に染まっているのに、叫びもしない。
「なんなん、あれ。おかしいで、あの未亡人」
「……綺麗で弱くて、優しいでしょ」
「違うって。完全に洗脳されとるやろ! 自分は価値はない、この生活から出られないって、ひでえ。本当に現代社会か。ここだけ、日本昔話の世界や。ありえへんやろ」
呆然としている絢斗には悪いけど、俺には好都合だった。
楓の世界観がおかしいと言ってくれる人は、必要だから。
「……ね。一目会ったら協力したくなるって言ったじゃん」
「協力……アホ。お前のその無謀な計画、なんとしても成功させるぞ」
言葉は乱暴だけど、ドイツ国籍を持つギフテッドの天才。
……俺みたいな天涯孤独の身にはない、権力と太いパイプを持つ。
手懐けようとして噛まれた人間は数知れず。
けど俺は、清々しいほど真っすぐに生きる絢斗が嫌いではない。
「あのねー。この前言ってた株の件と、あとクライントね」
「おー」
「旺って名前が付いた愚弟くんから、ぜーんぶ奪ってやろっかなって」
絢斗の目が見開く。その一言だけで理解できる頭の良さが羨ましくもある。
「……お前が俺をここに呼んだ理由が分かった。ほんと、俺にこんなん見せるとかありへんやろ」
義理人情に厚いと、俺の中で評判の絢斗らしい。
簡単に計画通りに動いてくれて、本当に助かる。
「ごめんね。頼りにしてるよ」
「……あっちのイケメンなおにーさんは俺にくれる?」
それは、かなりの難攻不落の最後の砦なので無理だと思う。
思うけど、誤魔化した。計画の前に余計なことで煩いたくないから。
……でもあの愚弟の弟の名前のことまでは知らなかった。
全部が終わったら、絶対にこの桜は切り倒してやる。
綺麗だと、両手いっぱいに集めて楓に渡すと、喜んでくれたあの日。
――今は土下座して謝りたいぐらい後悔してしまう。
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