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朧月夜と蒲公英 十二

ふーっと大きく息を吐くと、数秒無言になった紫呉が勢いをつけて立ち上がり、屛風を抱えると庭に放り投げた。 あまりに突然のことだったので、止める言葉も間に合わなかった。 重たいものではなかったが、そこそこ有名な絵師が模様を描いてくれた高価なものだったのに。 「三日通うって言ってたけど、あれ、間違えてた。今日、声を我慢する楓を見て気づいた。楓は無理やりにでも連れ出さないと出てこないって」 「えっと……だからあれは、貴方の友人だったから」 「ううん。言い訳は止めよう。ちょっと失礼、楓」 紫呉は私の返事も聞かないまま、私の足を掴むと抱きかかえてしまった。 風呂上がりの浴衣だったので慌てて足の裾を掴む。 着物よりも軽いので簡単にめくれてしまう。 「楓の肌、しっろ。もっと外に出ないと」 「な、何の真似ですか」 「大声出していいよ。晤郎に殴られる覚悟なんて、この屋敷に戻るときからできてる」 「……急にどうしたんですか」 庭に降りた紫呉は、私を東屋まで連れ出すと、その中のベンチへ降ろした。 裸足の私は足を地面に置くわけにもいかず、体操座りの形でベンチに座る。 すると遠慮なく隣に紫呉が座ってきた。 「あのね、楓」 「はい」 「今、楓はお金もある。旦那だって居ない。家のこととか、仕事のこととか、性別のこととか、全部楓が決めていいんだよ」 「そうですね」 真面目な顔で言うから何かと思ったら。 そんなこと分かってます。が、今更男として生きるには、周りが許さないだろうし戦う気力もない。 16歳でここに嫁いでから働いたこともないので、仕事に就く自分が想像できない。家だって、私がいるおかげで――愚弟と雲仙寺の関係が悪化しないで住んでいるし。 「ほら、なにも変えようとしないじゃん」 「変えるのに、パワーがいるんです」 どれもこれも、なんで私が疲れてまで実行しないといけないことなのか理由が分からない。 「……違うよ。楓は、選択する自由がない生活だったから。そんなの鳥かごの中だよ」 「選択する自由、ですか」 「男として生きるって選択ができない時点で、自由がないんだってば」 「なるほど」

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