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朧月夜と蒲公英 十八

「愛があれば、煩わしくないんですよ、楓さんや」 「何を言いますおじいさん。貴方は可愛い女の子と普通に」 口調を合わせて言ったつもりだったのに、紫呉の手が私の口に伸びた。 「その続きは、俺には効果ありません」 「……」 「可愛い女の子が世界中にどれだけいようと、俺は楓を探しちゃうだろうし。この庭に、紅葉の中に隠れても、見つけちゃうよ。だから観念しな」 ね?と私を優しい目で見上げてくる。 彼はきっと怒るだろうから言えないけど、家同志に利用されて、現在は両家に目の上のたん瘤よろしく邪魔な存在で、要らない存在なのに。 未亡人って言い方は面白いもので、旦那様が死んだらそれに続く風習の名残。一緒に死ななかったから死ねなかった者って意味。 きっと皆、一緒に死ねば良かったって思っているはず。 それなのにどこで育て方を間違えてしまったんだろう。 この可愛い紫呉は私を落ちた紅葉の中探し出すという。 死ねなかった私を。 「……馬鹿な人ですね」 伸ばされた手を両手で掴むと、頬に摺り寄せる。 「馬鹿な人だ……」 頬に擦りつけた彼の体温は温かい。 普段から血の気が多いので私より体温が高そうだと思う。 なので、彼の手に落ちた涙は、早く乾いてしまうだろう。 止まらない涙を、彼の手で乾かしているだけで、意味なんてない。 ただそこに紫呉の手があっただけ。 「馬鹿でいいよ。俺、楓馬鹿」 「……重症ですね」 ふふっと笑うと、膝の上の紫呉の顔にも涙が落ちた。 「泣いて。泣いていいよ。楓は泣いていいよ。こんなに一人で背負って頑張ってきたんだから」 「……紫呉」 紫呉の手はまだ乾いていない涙で濡れている。その濡れた手を、舌で這わせる。 「この体制で、泣いているのを見てるだけって、それで好きだと言われても信じられないですけど」 「分かってるよ!」 勢いよく起き上がった紫呉は、こっちに向き合う。 「……泣いていいよ」 両手を広げて、私に震えた声で言う。 目を凝らしてよく見れば、頬が赤い。 ここでも私に動けという彼は、少し意地悪だと思う。 なので少し後ろに引いて、思いっきり胸に飛び込んでみた。

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