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朧月夜と蒲公英 十九
残念ながら、可愛らしい女性ではなく、もう女性には変装できないほど体つきは男性そのものだ。
いくら紫呉が大きくても、私を簡単に受け止められるわけはない。
「うわ、ちょっと楓っ」
私の読みは当たった。
ベンチの上でバランスを崩した紫呉は私を胸に抱きとめながら後ろへひっくり返った。
私を守ろうと身体を捩じって、強く抱きしめてくる。
二、三度転がって、東屋から飛び出してしまった。
大きな紫呉が暴れたので、咲いていた蒲公英を踏んでしまったのだろう。
朧月夜の下、蒲公英が空に舞いだした。
紫呉の匂いは、昔と変わらない。どこか日差しを浴びた清々しいほど太陽の匂いがする。
「いって。頭打った」
「可哀想に。撫でてあげましょうか」
手を伸ばして撫でようとすると、その手を掴まれ噛みつかれるようなキスをされた。
「んっ」
小さく零れ落ちた声は、紫呉の舌が絡みついて呑み込んでしまった。
こんな乱暴で情熱的なキスは知らなくて、紫呉の身体を押して逃れようとしたら頭の後ろを掴まれ、更に大きく開いた唇に呑み込まれた。
寝転んだ紫呉の上で、暴れても逃げられない。
胸を叩いていた手は、諦めて彼の甚平の合わせを掴んだ。
口を吸う。
そう教えたのは私だけど、こんな激しいキスを私は知らない。
晤郎が旦那様の下から逃げようとしたとき、優しく諭すような口づけをされていたのだけしか記憶にない。
「あ、――今、違うこと考えてたでしょ」
「っ……どうでしょうか」
急に後ろ頭を掴んでいた手が離され、唇が解放された。
急いで起き上がると、唇と唇から唾液の糸が、つつーっと伸びて恥ずかしくて口を抑えた。
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