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花開く/花散る
「晤郎さん、紫呉さんの部屋は見ました? たくさんパソコンがあって、SFみたいなんですよ」
「……あまり綺麗じゃないので安易に入らないように」
「ひでえ」
いつも通りに振舞えただろうか。
少し冷や冷やしながら晤郎の顔を見上げる。
すると、晤郎はいつものことなのだけど、紫呉の顔も不機嫌だった。
これは誤魔化さなくても、異変に気付かれなかったかもしれない。
「こんな夜に、私なんて探してどうしたんですか?」
「――弟君が、」
言いにくそうに、目を閉じながら冷たい声で言う。
「弟君が、貴方と話をさせてくれと、もう山の麓の旅館まで来られているらしくて」
「……そ、う」
さっきまで紫呉がくれた熱で暖まっていた身体が、急降下して熱を奪われていく。
私に、綿毛のように自由になれと言う紫呉と対照的な存在に、影が落ちてしまう。
「お金の工面ですね。……困った愚弟です。対応は晤郎さんに任せていいですか?」
「ですが……」
苦虫をかみつぶしたな、煮え切らない言い方に、首を傾げる。
一体どうしたというんだ。私はここに来てから、弟と会話さえもしたことはない。ずっと面会は断って、晤郎に任せっきりにしていた。
今、実家は弟が継いでいると聞いている。私は、それを正面から真っすぐ見たくないのかもしれない。
「逃げたらだめなのなら、会いますけど」
「いいよ。会わなくていい。ぜんぜんいーよ」
何故か紫呉が割って入って、手で大きくバッテンを作ると大げさに首を振る。
「会う必要ねえし。どうしても会うって言うなら、俺と絢斗が両サイドでボディガードするけどいい? 現れた瞬間、手が滑って半殺しにしてしまうかもしれないけどいい?」
「やめてください。愚弟ではありますが、弟は私が男であることも知らないし、政略結婚だったことも知らないし」
「――じゃあ教えろよ。お前の呑気な金銭感覚は、親父に似て道徳心もねえんだってよ」
紫呉の低い声が怖くて、――さっきまで私に必死に愛を囁いていた相手と同一人物に見えなくて固まる。
怖いというよりは、別人の彼に戸惑っていた。
「うそだよー。そんな怯えんなって」
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