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花開く/花散る 十二
居間からちょこんと顔を出した楓が、不満そうにそう呟く。
数メートル向こうに母親がいるって知ったら、この人はどんな顔をするんだろう。
「縄ぐらい、カッターで簡単に切れるよ」
「可哀想だから解いてあげようと思ったら、鼻提灯作って寝てたから、縛られるのが好きなのかと思いました」
「うーん。楓になら縛られてみたいかな」
と言いつつ、不自然にならないように居間に入る。
するとこんな昼間からって言うのにホラー映画を見ていたらしい。
「怖くねえの?」
「全く。まあ次々死んでいっていますがね」
怖いじゃん。でも楓は淡々とおせんべいを食べながらテレビを見ている。
「旦那様は、ホラー嫌いって言ってましたね。晤郎が一緒に見ようとしたら断っていましたし」
……。
何気なく、偶に。
楓は死んだ旦那の話題を出す。
憎い相手だったら思い出すのも嫌だと思うんだ。
だからきっと、楓は旦那だった相手に同じ気持ちだからわかりあいたかったんだと思う。
相手がどうしてこんなに綺麗で思慮深くで、慎ましい楓を愛さなかったのかはわからない。
けど楓の世界は狭くて、思い出せる話題が、旦那のこととかこの家の中のことしかないんだ。
「あ。死んだ。内臓が見えましたね」
「うーわー。俺、ちょっと駄目かも」
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