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花開く/花散る 十三

さり気なく隣に座ったのに、わざわざ反対側に逃げられた。 気のせいだろうと負けじと隣に座ると、またすすーっとテーブルの反対側に逃げられた。 「なんで隣に座ったら逃げるんだよ」 「裸で追いかけてくる変態さんから逃げないわけないでしょ」 「……キスしてってねだったのは楓じゃん」 「強請ってません」 コトンと音を立てて握ったのは、鉄パイプだった。 どうして新品の鉄パイプがあるのか、全く分からないし分かりたくない。 が、絶対に晤郎が用意したんだろうなってわかる。 「てか普段着だね。いつものじゃん」 「だって私は誰にも会わないし、晤郎みたいにスーツは持ってないです」 「ふうん。俺があげたジーンズとセーターとかどう? 夏に入ったらタンクトップとか着ちゃう?」 「……そうですねー」 返事が適当になった。よく見れば、テレビがちょうどドアの向こうを、主人公が恐る恐る開けようとしている瞬間だった。 せんべいを持つ手が止まる。息を飲んでいる楓が、食い入るようにテレビを見ている。 ドアが開くか開かないかの瞬間で、ふっと耳元で叫んでみた。 「わ!」 「わわわっつ」 飛び上がった楓が、俺に抱き着いた。 ふわりと良い匂いがするのは、飲んでいた紅茶の匂いだろうか。 朝のシャンプーだろうか。甘い、スイーツのような香りがする。 「紫呉さん!」 「可愛いー。驚く楓、めっちゃ可愛い」 「そこに座りなさい。これでお尻を叩きます!」 鉄パイプを重そうに両手で持った楓が、ゆらりと立ち上がる。 これは本気で俺の尻が危なかった。 「やめてー。ちんこだけじゃなく尻もでかくなっちゃう」 「栄養が分散されるかもしれませんよ。さあ、お尻を出して」 「いやーん、セクハラー」 くねくねと逃げると、怒った楓が鉄パイプを振り落とした。 大変だ。これは、1,2回、本当に叩かれるかもしれない。 「覚悟」 「姉さん、出てきてよ、居るんでしょ、姉さん!」

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