86 / 169
花開く/花散る 十三
さり気なく隣に座ったのに、わざわざ反対側に逃げられた。
気のせいだろうと負けじと隣に座ると、またすすーっとテーブルの反対側に逃げられた。
「なんで隣に座ったら逃げるんだよ」
「裸で追いかけてくる変態さんから逃げないわけないでしょ」
「……キスしてってねだったのは楓じゃん」
「強請ってません」
コトンと音を立てて握ったのは、鉄パイプだった。
どうして新品の鉄パイプがあるのか、全く分からないし分かりたくない。
が、絶対に晤郎が用意したんだろうなってわかる。
「てか普段着だね。いつものじゃん」
「だって私は誰にも会わないし、晤郎みたいにスーツは持ってないです」
「ふうん。俺があげたジーンズとセーターとかどう? 夏に入ったらタンクトップとか着ちゃう?」
「……そうですねー」
返事が適当になった。よく見れば、テレビがちょうどドアの向こうを、主人公が恐る恐る開けようとしている瞬間だった。
せんべいを持つ手が止まる。息を飲んでいる楓が、食い入るようにテレビを見ている。
ドアが開くか開かないかの瞬間で、ふっと耳元で叫んでみた。
「わ!」
「わわわっつ」
飛び上がった楓が、俺に抱き着いた。
ふわりと良い匂いがするのは、飲んでいた紅茶の匂いだろうか。
朝のシャンプーだろうか。甘い、スイーツのような香りがする。
「紫呉さん!」
「可愛いー。驚く楓、めっちゃ可愛い」
「そこに座りなさい。これでお尻を叩きます!」
鉄パイプを重そうに両手で持った楓が、ゆらりと立ち上がる。
これは本気で俺の尻が危なかった。
「やめてー。ちんこだけじゃなく尻もでかくなっちゃう」
「栄養が分散されるかもしれませんよ。さあ、お尻を出して」
「いやーん、セクハラー」
くねくねと逃げると、怒った楓が鉄パイプを振り落とした。
大変だ。これは、1,2回、本当に叩かれるかもしれない。
「覚悟」
「姉さん、出てきてよ、居るんでしょ、姉さん!」
ともだちにシェアしよう!