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花開く/花散る 十七

Side:楓 「あ、もうない」 おせんべいの入っていた袋を逆さまにすると、乾燥剤しか出てこなかった。 確か戸棚に明日のおやつ用にと、クッキーがあった気がする。 抹茶のラングドシャも冷蔵庫に入ってあるのは確認済みだ。 鬼の居ぬ間になんとやら、だ。 いそいそと取りに行こうとして、桜の下に人影を見て足を止めた。 桜の木の精かと見間違うほどに、その人の人としての輪郭が儚げだった。 風で動く長い髪を、手で押さえて、ゆっくりこちらを振り返ったのは――。 「楓」 整った顔が、安堵の色で崩れる。 その顔に驚いて、私は自室へ逃げ帰ろうと踵を返す。 「待って。逃げないで、楓」 弱々しい声が、普段張り上げたことのないような大声をだすと裏返って、ひどく不安定な音色になる。 それなのに、その女性は、懸命に私の名を呼んだ。 「楓! 話を聞いてください。貴方にだけ伝えたいことがあるのです」 走ってくる女性が、誰だがすぐに分かった。 弥生と言う名の、美しい女性。彼女にちなんで、彼女をさらに美しく着飾るように三月の花の名を付けられそうになったのだから。 「……私は、お話しすることがありません」 「違うの。お金のことではないの。……どうしても貴方に一目会いたくて、約束を破ってしまいました」

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