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花開く/花散る 十九

旦那様に触れて欲しくて、一度だけ伸ばした手。 振り払われたあの時の、喪失感。 世界にいらないと言われたことのない貴方にはきっとわからない。 「……振り払われる痛みを、あなた方は知らないでしょう。伸ばしてくれることのない存在を、貴方は知らないでしょう。覚めることのない悪夢を……」 彼女が曽我家で発言力がないのは知っていた。体が弱く、心が弱いのも知っていた。 だけど、ただ、――あの凍るような冷たい家でこの人は、父親に愛されていた。 彼女に花を添えるような名前にされかかった私に、同情なんてやめて欲しい。 「貴方の今までの苦労を私はきっと理解してあげられない。けれど、いつかあなたの助けになれるかもしれない。お願い。この紙を」 取りたくなかった。伸ばされた手を振り払いたかった。 けれど、私の心は痛みながらも彼女の手を取った。 あの痛みを、あの苦しみを体験するのは私だけで十分だから。 紙切れを手に取ると、一度も振り返らずに自室へ逃げた。 目も合わせたくなくて、小さく震える唇ばかり見つめていた。 小さな紙切れには、ペンで何回も何回も上書きされた電話番号と名前が書かれているだけだった。 こんな小さな紙切れの電話番号なんて私にはきっと何の手助けにもならないだろう。 けれど、この紙切れを母は心のよりどころにして頑張ってきたのだろう。 一番大切なものを私に、手を伸ばしてくださった。 顔は見たくないけれど、今更会いに行きたいとも思わないけれど。 紙切れを涙で汚しながら、崩れ落ちた。 私の欲しかったものは、これではない。けれど、口に出したところで今更何が変わるの。 「楓。どうしたの、楓」

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