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花開く/花散る 二十五

「俺は今から、あの馬鹿と山を下りてきます。手続きがありますので」 「あ、はい」 「今の楓さまなら、何も心配はないので、お昼までは帰りません。……紫呉と話してあげてください」 紫呉と話。 晤郎から見たって紫呉がぐいぐいと来ているのは、火を見るより明らかなはず。 「楓さまにとって、紫呉は紫の君かと思っていました」 「光源氏計画?」 思わず笑ってしまう。運命に翻弄され、源氏の行動に常に不安を感じながらも一番愛された儚げな姫。それと豪快で下品な紫呉が全く合わない。 「一番愛されていても、紫の上はその地位が不安定だったので不安だったのです。子が居ないのも原因かな。ちゃんと二人は結婚していないのですよ」 「結婚してなかったっけ?」 「はい。三日通って三日通餅後の正式なお披露目をしていないのです。……それが生涯、彼女の幸せに引っかかるのです。どれだけ大切にされても――楓さま。はっきりしてあげないと、不安は常に残ります」 それは、私に言っているのだろうか。 晤郎の目に映るのは私ではなく、はるか昔のあの日の自分に言っているように聞こえた。 愛してると、好きだと囁かれても、その人には戸籍上正式な奥さんがいたのだから、きっと私より晤郎の方が辛かった。 晤郎は自分の心の中だけで整理しようとしているから、私が口出ししたらいけないのは分かっている。 「自分の好みに、自分の理想に育てる――には、紫呉は自由に生きてると思いますけど」 「貴方がそうさせたんでしょう。自分みたいに窮屈にならないように。紫の君に」 紫の君……。 繊細な美しい女性と、似ても似つかない紫呉を思い出して笑ってしまう。 けど幸せだった。 胸が熱くなっていく。 「分かりました。では、留守をお任せください」 「はい。信用しています。どうか、紫呉に誠実に」

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