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花開く/花散る 二十七
晤郎が居ない館は、途端に静かに不気味に思えた。
その昔、館の周りに木々に呑み込まれそうになった悪夢を思い出す。
あの日の、さ迷った長い廊下以上に怖いホラー映画を私は知らない。
「楓、おーい楓」
「!?」
縁側の方の襖が開いて、ちょこんと紫呉が顔を出す。
それに驚いて、変な声を上げそうになって口を抑えた。
「晤郎どこ? 印刷してえ書類があるんだけど、あいつにも確認してほしくてさ」
「……いませんよ」
「は?」
月を背に、驚く姿。手に持った書類が、ペラペラと頼りない音を鳴らしている。整った顔が台無しの、大きな口をあんぐりあけた紫呉が、愛おしい。
可愛い。大きいのに頭を撫でてあげたくなるほど可愛い。
「晤郎さんは……私に、誠実になりなさいと、言いました。あ、すの昼まで、……昼まで帰らないそうです」
言いながら、頬が熱くなってくる。
頬だけじゃない。全身が熱い。背中にじわりと汗が浮かび、着物が重たくなってくる。
「……い、いつ紫呉さんが来るのかと、少し動揺していました」
着物の合わせ目をぎゅっと掴んで、障子からのびる紫呉の影を見る。
顔を上げて話す勇気は私にはなかった。
「えっとね。何時に行くねって言わないほうが、いつくるかなって楓が俺のことで頭いっぱいになるかなって思ったんだ」
「意地悪な考え方ですね」
「だって、俺は仕事してても眠ってても、楓のことばかり考えてるからね」
「……こ、公私はわけなさい」
「離れていた時も、だよ」
低い声。急に知らない男の声になって、喉が鳴る。
「この書類を、部屋に戻したら、抱くよ。楓を抱く。いいよね」
「――っ」
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