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花開く/花散る 二十八
「俺の足音が聞こえてくるまで、俺のことで頭がいっぱいになればいんだよ」
畳の上を、一歩、私の元へ歩いてきた紫呉。
月夜の光だけでは、どんな表情をしているのかまで読み取れなかった。
代わりに伸ばされた手を、振りほどくこともできず、私から頬を摺り寄せた。
「――逃げても、今夜は捕まえるよ」
「……紫呉さん」
「うん?」
言わなくてはいけないことはいっぱいあった。
こんなに心をくれる紫呉に、紫の君のように不安を一生与えるわけにはいかない。
好きか好きじゃないかと言われたら、私はこの子は好きだ。
可愛いし愛しいから好きだ。
ただその先の感情は、少し怖い。
紫呉と同じぐらいの気持ちを返せる自信はない。
それでも、愛しい気持ちだけは変わらない。
「……焦らすのは、怖いので……早くお願いします」
マーブルのように溶け合った思考の中、漸く言えた言葉がそんな情けない言葉で、しかも自分のことで情けない。
けれど、目が合った紫呉は、大きく目を見開いた。
「煽ったのは、楓だからね」
「あの、――んっ」
荒々しいキスに、言葉を遮られた。
唇が離れると、紫呉は子どものように大きな足音を立てて縁側を走っていく。
噛みつかれるようなキスに、唇がじんじん痛むが、さきほどよりも動悸で痛む胸を押さえて恥ずかしくなった。
私から煽った?
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