101 / 169

花開く/花散る 二十八

「俺の足音が聞こえてくるまで、俺のことで頭がいっぱいになればいんだよ」 畳の上を、一歩、私の元へ歩いてきた紫呉。 月夜の光だけでは、どんな表情をしているのかまで読み取れなかった。 代わりに伸ばされた手を、振りほどくこともできず、私から頬を摺り寄せた。 「――逃げても、今夜は捕まえるよ」 「……紫呉さん」 「うん?」 言わなくてはいけないことはいっぱいあった。 こんなに心をくれる紫呉に、紫の君のように不安を一生与えるわけにはいかない。 好きか好きじゃないかと言われたら、私はこの子は好きだ。 可愛いし愛しいから好きだ。 ただその先の感情は、少し怖い。 紫呉と同じぐらいの気持ちを返せる自信はない。 それでも、愛しい気持ちだけは変わらない。 「……焦らすのは、怖いので……早くお願いします」 マーブルのように溶け合った思考の中、漸く言えた言葉がそんな情けない言葉で、しかも自分のことで情けない。 けれど、目が合った紫呉は、大きく目を見開いた。 「煽ったのは、楓だからね」 「あの、――んっ」 荒々しいキスに、言葉を遮られた。 唇が離れると、紫呉は子どものように大きな足音を立てて縁側を走っていく。 噛みつかれるようなキスに、唇がじんじん痛むが、さきほどよりも動悸で痛む胸を押さえて恥ずかしくなった。 私から煽った?

ともだちにシェアしよう!