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俺の好きな人が不器用すぎて愛しい。三
俺は不自然に脱ぎかけの甚平を見て固まった。
ゴムを引っ張って中を覗き込むと頭が痛くなった。
「ごめんね。なんかオバケを観察してみようかなって。小さい頃は私が抜いてあげたでしょ。だから朝起ちしてる君のこれが可愛いなって思って」
「ふ。お化けが可愛いなんて、ふふ。ふははは。明日もあんあん言わせたやる!」
この年にもなって夢と同時に指でつんつんされただけで夢精してしまうなんて。
男としてのプライドが粉々だ。
「ちょうどいい。どうせシーツもぐちょぐちょだし証拠隠滅に洗ってしまおう。楓も脱いで」
「はーい。あの実は私、洗濯もしたことがなくて」
「じゃあ一緒にしようか」
楓はぱあと花が満開になるような、純粋な笑顔を向けてきた。
こんな笑顔を、十代の時にさせてあげられなかった両家は滅べばいいと思った。
まあ滅ぶだろうけどね。
「夕方になると、洗濯を取り込む晤郎の長い影を見つめるのが楽しかったんです。朝も洗濯したての匂い好きで」
「まじで母ちゃんだな。晤郎は良い母ちゃんだな」
「……そうですね。晤郎さんもいつか、もう一度恋をしてくれたら……」
パンツをジャバジャバと脱衣所で洗っていた俺に、ぴとりと楓が寄り添う。
「私はもう幸せなので、……晤郎さんも幸せになってほしいですね」
俺も幸せ。あやうくまだパンツ穿いていないオバケが爆発しそうになった。
夢精してくれて良かった。
「楓が幸せなら、晤郎もいつか自分の幸せを探そうとするだろ」
「だといいのですがね」
苦笑する楓が、俺の腕に手を回す。
楓と晤郎の付き合いは、俺よりも長い。二人の中に流れる縁や気持ちは俺には分からない。
何かあったからこんなに深いつながりを持ってるはずなのに、聞いたらいけない雰囲気だから。
「次は、身分とか年齢とか性別とか気にしないで欲しいです。なんなら私が二人とも養いますからね!」
「いや駄目男に引っかかったら駄目だろ。それよりさ、エプロンない? 楓のエプロン姿みたい」
「晤郎のが、台所に何着か置いてあったと思います」
「行ってみよう」
洗ったパンツを洗濯機に投げ入れて、俺は楓の手を取って台所に向かう。
土手みたいな場所に釜戸もあるけれどちゃんと普通のキッチンもリフォームしてあって、そこに炊飯器から良い匂いが漂ってきていた。
冷蔵庫は、山の奥にあるこの家のせいか、業務用の大型冷凍庫と冷蔵庫が置いてある。
レストランの冷蔵庫並みに、食料は豊富だった。
野菜だけは土間に、段ボールの中で土がついたままおいてある。
「卵発見。フライパンも発見。エプロンは、黒の普通のばっかですね」
「今度フリフリのレースのやつ、母の日に贈ってやろうぜ」
くそ似合わないだろうけど、楓からなら絶対に着る。
「そうですね。晤郎は綺麗な顔をしてるから白いエプロンも似合いそうです」
綺麗な顔?
俺には、冷たい雪みたいな、機械みたいな、なんていうんだろう。
人間味が偶に感じられない淡々とした男に見えるけどね。
「たしか中火で、先に油を引いてと」
楓が料理本を見ながら、ちゃんと小さじに油を注いでいちいち図ってる。
そうそう。初心者は不安なら、しっかり測れば失敗しないんだよな。
「大変。失敗しました! 卵の殻が」
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