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N.Y.からの提言

 二ヶ月半…三ヶ月ぶりに再会した彼から。  いきなりスニーカーを投げつけられて、拳銃で撃たれた。  すぐに帰るつもりが、ずるずると、気付けばビザの期間ぎりぎりまで国外にいた。帰国できなかった理由を告白すると、一言、馬鹿馬鹿しい、と。本当にその通りなので、反論しようがない。  その上で、もっと彼のことを考えるように言いつけられて、今に至るわけなのだが――。  ベッドの上で、膝に乗せたアオを撫でながら、ぼんやり碧のことを考えている。  ここ数日で、かなりの量のDVDを見た。小田島碧の出演作。  彼が俳優であることに感謝しなければならないだろう。ある程度までしか遡れないとは言え、彼の昔の姿を、いつでも見ることができるのだから。  まだ中性的な十代後半の容姿とか、短髪、顎ひげ、犯人、狂気の人物、優等生…エトセトラ、エトセトラ。それら全てが彼であり、彼でないのだった。  毛布の下から、一枚の写真を取り出す。旅先でずっと、手放せなかった写真だ。  数日間、この部屋で暮らしていた時の碧が映っている。撮ったのはこの部屋ではなく、どしゃぶりの雨の中。透き通ってしまいそうな銀髪と、蒼白な横顔に、思わず「まずいな」と漏らした憶えがある。魅力的な男だ。はっとするような紫のオーラを持っている…紫は、高貴の色だと思う。  ピリリッ、ピリリッ、携帯電話が鳴る。深夜の着信は、だいたい、相手が限られている。永久は手を伸ばして、足元から携帯を拾い上げた。ディスプレイには、ほら。 「Allo?」  永久の知っている、数少ないフランス語。少し遅れて、グザヴィエの悪びれないフランス訛りの英語が聞こえた。 『アロ?トワ、元気にやってるかい?』 「こないだ会ったでしょうが…わざわざひとを、イギリスから日帰り旅行させといて」 『こないだって、もう二ヶ月は経つだろう?二ヶ月後のきみが元気がどうかは、二ヶ月後の僕にしかわからない』 「…元気ですよ。で、用件は?」 『…用件って。それだけですよ』  マイペースな人物だ。似た者同士と言われるが、年をとっているだけ、彼のほうが性質が悪い。はぁ、無意識に出たため息を、グザヴィエは聞き逃さなかった。 『トワ。恋煩いをしているね』 「あなたにしてみりゃ、世の中のため息は全部恋煩いなんでしょうけど」 『ウィ。近いね。それで、どんな人なんだ?』  決めつけられて、何となく、否定し損ねる。  彼がこういう時sheとかheとか限定しないのは、癖みたいなものだろう。芸術家のコミュニティーでは、ゲイやビアンは必ずしもマイノリティーではないから。 「きれいな子ですよ…とても」  永久は、heを使って碧を表現した。 『そう』  グザヴィエ・サジュマンの弟子はゲイではなかったが、彼は驚かなかった。 『恋をしなさい、トワ。それも、燃え上がるようなやつを。分別を忘れないような恋は、そもそも恋ではないからね』 「…あなたの、そのフランス人がフランス人である所以が、今だけ羨ましい」 『いいかい、僕の小鳥ちゃん。理性を捨てて、シンプルに』  甘やかすような、囁くような、唆すようなトーン。 「…ウィ、ムッシュ」  茶化して答えながらも、少し、見つけた気がした。 分別を忘れないような恋は、そもそも恋ではない(トーマス・ハーディ) 宇宙をただ一人の者に縮め、ただ一人の者を神にまで広げること。それが恋愛である。(ユゴー)

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